2018年12月22日

星座情報:ベツレヘムの星 

星座情報
ベツレヘムの星 
更新日時:Mon Jan 16 21:15:01 2006
キリスト誕生の時に輝いた星はなにか 
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ベツレヘムの星とは
★ベツレヘムの星
 ベツレヘムの星は皆さん良くご存知である星だと思います。 え!知らない。「ベツレヘムの星」とはクリスマスツリーの天辺にある星の事なのです。 この星はキリストが誕生の時に輝いた星なのですが、どのような星で あったかは様々な説があり、単なるお話で天文現象ではなかったと言う説もあるようです。
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新約聖書の記述(関係項目抜粋)
★マタイによる福音書・第2章1(抜粋)
東から来た博士たちがエルサレムについて言った。
★マタイによる福音書・第2章2
「ユダヤの王といてお生まれになったかたは、どこにおられますか。 わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
★マタイによる福音書・第2章7
そこで、ヘロデ(王、当時の支配者)はひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
★マタイによる福音書・第2章9
彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、 幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
★マタイによる福音書・第2章10
彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
引用:新約聖書・国際ギデオン教会・(カッコ)は私の注。
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生まれた歴史的事実は?
★キリスト誕生の日以後
 キリスト誕生の日は様々な説があります。現在の通説を総合しますと 紀元前7〜4年の間であろうとされております。聖書のお話を具体的にしてみましょう。キリストがベツレヘムの商隊の旅篭(はたご)で生まれて間もなく、 東の国、そうアラブやペルシャ辺りでしょうか。その東の国で見慣れない星が 西の空に輝いたの見た今で言う占い博士達が見ました。博士達は星が輝いたの見て聖人が現れた事を知り、その星を追って西の国へ旅立ちました。 しかしその星は次第に太陽に近づくと見えなくなってしまいました。博士達はしばし休もうと、水を飲むため井戸を覗くと、その水には星が写っていました。 あの星がまた輝きを増したのです。そしてまた星を追いヘロデ王の宮殿にたどり着き、 王に「ユダヤの王として生まれた方は何処におられるのでしょう」と訊ねました。
自分の替わりの王の話に驚いたヘロデ王は博士達に、そのユダヤの王を探して知らせるように 言いました。博士達が星を追ってキリストの居る場所に近づくと、その星が動きを止め そこにキリストが居たので、拝んでヘロデ王には知らせず東の国へ帰ってしまいました。その後キリストの誕生の噂を伝え聞いたヘロデ王は、ベツレヘム付近の二歳以下の男の子を 残らず殺すように命令したのです。
●キリストはいつ生まれたのか
さてお話の肝心な続きの部分はすっとばしまして(^^;
キリストはヘロデ王の治世に生まれたとマタイ伝にあるのですから、ヘロデ王が亡くなった年の 紀元前4年以前にはキリストは生まれていた事になります。また聖書のルカ伝には聖母マリアとヨゼフは人口調査のためにベツレヘムに来ていたと あります。当時人口調査を行なったのはローマ皇帝による紀元前7年と、 シリア提督の行なった紀元前6年になります。 ここからキリストが生まれたのは紀元前7〜4年と考えられています。なぜ紀元が西暦1年となっているかは、それまでキリスト弾圧側の起源でしたので ローマの僧院長エクシグウスが、弾圧側の起源248年を、 キリスト起源(キリストが生まれた年から)532年と定めたためです。 今となれば恐らく計算違いであるとわかりますね(^^;
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どのような説があるのか
★彗星(ハレー彗星)
 「ベツレヘムの星は彗星だったのではないか」と言う説がありますが、彗星は気象現象であると されていた時代でもありますし、同時代他の本には彗星に関する記述は見つかっていないようです。 有名なハレー彗星が来たのは紀元前12年なので、紀元前7〜4年に該当しないですね。
★超新星(カシオペア新星)
 ベツレヘムの星は恒星が爆発した時に起こる「超新星爆発による明るい星」 ではないかという説もあるようですが、古記録にはそのようなものはないのですね。古記録から天文現象の日時が特定された有名な例では 「カニ星雲」の元になった超新星爆発の 記述が中国で見つかった事ですね。藤原定家も「明月記」1054にこの記録を残しています。
さて本題に戻りまして。350年おきにカシオペヤ座で輝く新星(ウルトラ長期の変光星?)が あります。研究した天文学者の名前を付けて「チホの星」と呼ばれています。この350年周期を遡ると丁度キリスト誕生の年に当たるというのですが、カシオペアが 北天にあるので、博士達がエルサレムに向かうと、チホの星は後ろで輝くことになってしまいます。昼間でも見える星は金星とこの超新星しか考えられませんが、その300年にあたる1887年には カシオペヤ座には超新星は出現しませんでした。
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ケプラーの説をシュミレート
★ケプラーの説
ケプラーさんがベツレヘムの星を計算してみたことがあるんですね。
ケプラーさんはチョット誤解していた面があるようなのですが、有名なので紹介します。
ベツレヘムの星はモーゼが生まれる3年前の現象に似て 「うお座の西側で木星(幸運の星)と土星(イスラエルの守護星)が よりそうように動き、かつ、1年に3回も会合する現象」
ではないかと言う説なのですね。
会合と言いますのは最接近することです。
紀元前7年の5月27日に木星と土星は最初の合になります。
両星は同じような軌跡を描いて、 10月5日に再び合となります。
星は日周運動で動きます。地球が回転しているためですね。
太陽が昇って沈むように星も昇って沈みます。
ま!北天の空は別ですが(^^;。
各惑星は独自に動いているため、恒星にはない動きをするのですね。
太陽の周りを公転していて、かつ、自転している地球から、公転している2惑星を見るわけですから。
なんだかややこしくなりましたね(^^;
紀元前7年の10月5日の合から、両星は留(動きが止まる)を向かえて暫く動きが鈍くなり、12月1日に 再び合となります。
このように惑星は恒星と違う動きをし、うお座が古来特別な星座であったため注目されたのですね。
キリスト教徒が弾圧されていた頃ギリシア語で「イエス・キリスト・神の子・救世主」の頭文字を とるとイクテゥス(魚)と言う言葉になります。
★反証
うお座に木星と土星が集まる現象は、59年前にもあった。両星は1つにまとまっては見えない。 方向が合わない。などの反対意見があります。
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その他の説
●マッキンレー中佐の説
 金星が宵の明星として輝いたという説。約1年半ごとに起こるので違うのではないかという 反対意見があります。
●ハハハのハ
 他にも一杯あるようなのですが、詳しくは知らないのです(^^;
私も色々考えたのですが、あほなこと言って世間を騒がすだけですので公表はしませんへ(^^へ)

古天文
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/ktisrbethlehem.htm








 
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もうすぐクリスマスです。
クリスマスイブに雪になることをホワイト・クリスマスと言いますが、だいたい関東地方では12月下旬になってもめったに雪など降らないものです。
ところが今年は寒波の影響で12月上旬に雪が降リました。
本当に今年は季節がIカ月前へずれている感じがします。
このままの気候が続くと、もしかしたら今年はホワイト・クリスマスになるかもしれません。
さてクリスマスにはきらびやかに電飾されたクリスマス・ツリーがつきものです。
そのてっぺんにはたいがい星をかたどった装飾がなされています。
この星にはちゃんとした意味があるのです。
新約聖書ではイエス・キリストが誕生したときに、東方からの三博士が星を見たとされています。
キリストは聖母マリアによってベツレヘムの地の馬小屋で生まれたとされていますが、そのときエルサレムに来ていた三博士は夜空に輝く明るい星に導かれてキリストの生まれた馬小屋へやってきたそうです。
この星にちなんでクリスマス・ツリーのてっぺんに星を飾るのです。
そして、このキリストが誕生したときに輝いた星とはいったい何であったのかというのが昔から議論されていました。
この星をキリストの生誕の地にちなんでベツレヘムの星と言っています。
今回はこのベツレヘムの星について紹介
まずはキリストがいつ生まれたかが問題になります。
「そんな問題は簡単だ。今の暦はキリストの生まれた年を基準にしており、クリスマスはキリストの誕生日だから紀元前1年12月25日だ…」
と考えがちですが、ところが問題はそんなにやさしくはないのです。
西暦が使われるようになったのはキリスト誕生から500年も経ったころで、そのころにはキリストの誕生がいつだったかわからなくなってしまっていたのです。
また12月25日という日づけも、太陽神であるミトラの誕生日をそのまま受け継いだのだとされています。
12月25日は、昼間の長さが一番短くなる冬至に近く、その日を境にしだいに昼間の長さが増えていくことから、太陽の復活としてふさわしい日づけとされているわけです。
しかし新約聖書の中にはキリストの誕生日を探るヒントが含まれています。
それによるとキリストはヘデロ王の治世中に生まれたとされているのです。
歴史家の研究によるとヘデロ王が亡くなったのは紀元前4年とされています。
またキリストの父ヨセフと母マリアは人口調査のためベツレヘムに赴き、その時にキリストが生まれたと言われています。
この人口調査は紀元前7年に行われたと言われています。
二のことからキリストの誕生は紀元前7年から4年の間というのが有力です。
ではこの間にどんな天文現象が起こったのでしょう。
惑星の運動の法則を発見したヨハネス・ケプラーは1604年に出現した超新星を見て、超新星こそベツレヘムの星に違いないと考えました。
超新星とは星がその一生の最期に大爆発を起こして、今まで見えなかった星が明るく輝くことです。
ちなみに今年ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんの受賞理由は1987年に出現した超新星からのニュートリノの検出でした。
実は、1604年の超新星が出現した時に、ちょうど別の天文現象が起こっていたのです。
それは木星と土星が接近し、その後火星も接近し、そのすぐそばに超新星が出現したのです。
ケプラーは木星、土星、火星が接近すると超新星が出現するものと考え、キリストの生まれたころの惑星の運動を計算しました。
すると紀元前7年に木星と土星が、続けて3回接近し、紀元前6年にはさらに火星が接近したことを突き止めました。
ケプラーはその時超新星が出現した、それがベツレヘムの星だと考えたのです。
しかし惑星の運動と超新星とはなんら因果関係はありません。
どうもこの説には無理がありそうです。
では彗星はどうか…? 
有名なのがハレー彗星です。
中国には紀元前12年にハレー彗星が見られたという記録があります。
でもこれだと少し早いようです。
イタリアの画家ジオットは1301年に現れたハレー彗星を見て、ペツレヘムの星はハレー彗星のような星だと考え、
「東方三博士の社拝」
という絵を書きました。この絵にちなんて1986年にハレー彗星が接近したさい、ヨーロッパが打ち上げた探査機の名前は「ジオット」となっています。
そのほかにもベツレヘムの星の候補はたくさんあります。
皆さんも聖書やコンピューターなどを使って推理してみてはいかがでしょうか。
(向井千秋記念子ども科学館天文担当 栗田和実)
ベツレヘムの星

麦星の部屋
http://www.geocities.jp/whhxj855/
http://www.geocities.jp/whhxj855/betu.htm










ベツレヘムの星(クリスティー文庫94)早川書房
アガサ・クリスティー,訳:中村能三
クリスマスを心から祝う程信心深くないし、
クリスマスに馬鹿騒ぎする程素直でもないし。
それでも、こんな本を読むクリスマスなら悪くないと思ってみたり。
以前角川書店で出版されていた横溝正史センセの文庫本(所謂『黒表紙』)を一通り読破して、さて次は何を読もうと思案してた時、本屋で手に取ったのが早川書房の
「ポアロのクリスマス」。
かなり恥ずかしい話ですが、それまでは大メジャーの
「そして誰も」も
「ナイル」
「オリエント急行」
も一切読んだ事が有りませんでした(苦笑
まあ、横溝センセのエッセイでしばしば「クリスティーをトリックの手本にした」と書いてあったから、読む気になったンでしょうねえ。
実際読んでみると、横溝作品に似た所が有ったり無かったりでしたが、変な外連を使わず、幾重にも絡んだ人間ドラマとトリックで読ませる作風が痛く気に入りましたわ。
そんな因果で現在、早川書房の「クリスティー文庫」(全百冊)を片っ端から読んでます(笑
こうしてクリスティー作品を読み進める内に、意表を突くトリックや心理描写の巧みさもさる事ながら、良い意味で恐ろしく器用な人だなと思いまして。
勿論「ミステリーの女王」である事に違いは無いンですけど、ラブロマンス、幻想文学や怪談風なもの、コメディも書く節操の無さ(笑
その意味でこの
「ベツレヘムの星」、
数多のクリスティー作品の中でも珍品かつ良品だと思いますわ。
さてさて。
「ベツレヘムの星」は著者が1965年(75歳)に、「アガサ・クリスティー・マローワン」名義で書いたクリスマス・ブックでして。
クリスマスに関連した物語はディケンズの
「クリスマス・キャロル」
等が有名ですが、自分はこの手の話を読んだ事が全くありません。
ぶっちゃけ今回「ベツレヘム」を読んだのも、「クリスティー文庫」の1冊だったからって酷い理由でして(苦笑
まあそんな極道な読者が云うのもアレですが、正直な感想としてこの本は恐ろしく読み易くかつ面白いです。
以下技巧的な面から数点、観るべき点を挙げてみますわ。
先ずこの本は、6つの物語と4つの歌から構成されてます。
至って薄い本ですから、6つの物語は短篇を通り越し、かなり短いショートショートです。
クリスティーは「ベツレヘム」以外でショートショートを書いていない様ですが、ショートショート作家と比較しても全く見劣りしてません。
いやもうオチが上手いンですよ。
表題作ではイエスの降誕を受胎告知のエピソードと絡めた上で、聖書の内容と全く別解釈で描いています。
このネタでキリスト教を揶揄したり否定的に解釈した話は幾つか読んだ覚えは有りますが、散々ひっくり返した上でちゃんと降誕を祝福するオチになっているのは流石です。
「夕べの涼しいころ」では知恵遅れの子供と突然変異の動物達(放射線の被爆?)の話が一転、旧約聖書の内容でオチを付けられてます。
他にも「いと高き昇進」では、よくまあこんな豪快なネタを思い付くなと呆れる程の力技を見せ付けてますし(笑
長編ミステリーばりの驚きが、数頁で味わえると云っても過言でないでしょうねえ。
また「水上バス」では都会に住む孤独な女性の、心理的な変化が描かれています。
人を傷付け傷付ける事を恐れ、形ばかりの優しさに拘る彼女にささやかな奇跡が起き、寛容の心を得た事で世界が一変して見える。
極々内面の心理描写を、短い頁数で描写しています。
単に意表を突いた作品だけではなく、正攻法の物語も完成度の高いショートショートになっていますわ。
こんな感じで、「ベツレヘム」はクリスティーの作風の幅広さを改めて認識出来る1冊ですが、もう1つ強調しておきたいのはこの本が
「全うなエンターテイメント」
である事。
多分キリスト教に関する知識が一切無くても、十分楽しめる本です。
「島」の様に、イエスが磔刑になった後のマリアと使徒ヨハネのエピソードを知らないとちょい辛い話も有りますが、単なる物語と読んでも特に問題はありません。
実際「古き良き英国」を詳しく知らなくても、クリスティーの作品を読むのに支障は有りませんし。
普遍的、だからこそ世界各地で読まれているって事でしょうねえ。
クリスティーのファンと、信心深い人とそうでない人にも、お勧めします。
('06.12.17)

大雪山本雪崩
http://www.geocities.jp/tetuzankk/book_35.htm










ではここでは星座宮について少しお話してみましょうか?
星座のなりたちや各星座の性質はみなさん割とご存知かな?
と思うのでまずはなぜ星座が決められたのかな?ということを説明しましょう。
古代の占星術師たちは目立つ星をつないで星座をつくりました。
その星座に春分の日の太陽が重なったときを春分点(春分の日に太陽が位置する場所)に照らし合わせたのではないか?といわれています。
ひとつの星座宮を春分点が移動する時間は2100年ほどと言われています。
ここでは各星座宮の持つ特性を簡単にまとめてみました。

星のお話
http://www.geocities.jp/rucymoon68/star/star2.htm




魚座宮
魚座宮に春分点があったのは紀元前100年ごろにあたり、キリスト教誕生前後になります。
20世紀は魚座宮の時代でした。自己犠牲による救いを説く宗教が生まれたということから人々の共通意識が生まれ内面世界を追求する時代だったともいえます。
この星座宮は信仰や芸術、幻想を象徴します。現実的なものよりも見えない世界や自分の内面世界を暗示することにもなります。
魚座宮の守護星は海王星。海王星のもつ精神性の高さが魚座に夢をもたらすのかもしれませんね。

星のお話
http://www.geocities.jp/rucymoon68/star/star2.htm










巫女制と十字架ライン
飛鳥ファンには既知のことだが、やがて伊雑宮が伊勢本宮として蘇ってくるという。その時が天照大神=イエス・キリスト再臨の時だという。伊雑宮が本宮となる理由はそこに「首」、即ちタウ型十字架の頭に相当するイエスの罪状板(INRI)が隠されて祀られているからだという。
※ 飛鳥氏によると内宮には「契約の箱(アーク)」とイエスが磔刑された「十字架」、外宮には「マナの壺」と青銅の蛇が絡まった旗竿「モーセの旗竿(ネフシュタン)」が安置されているという。伊雑宮には「罪状版」だけですが、ここに「アロンの杖」が安置されると新約聖書の三種の神器と旧約聖書の三種の神器が全て三宮に揃ったことになる。
今年2月6日には遷宮関係者だという@itaku1611さんのツイートでは、「ついに伊勢神宮の内宮の地下に聖櫃アークとともに、キリストの血が付いた”聖十字架”が発見された!これで消され縄文時代2万年の歴史が紐解かれ、イルミナティの世界支配は終焉です!今夜は祝杯だ!」という内容が発信されましたが、これが本当かどうかは分からない。ただ、いよいよそのベールを取り去る時が近づいてきているという感じはヒシヒシとする。
物部神道の復権がその原動力であり、その顕れが伊勢神宮と出雲大社の同年式年遷宮(アマテラスとスサノオの結婚)、熱田神宮の奥の院・一之御前神社への1900年振りの一般参拝解禁、熱田の宝物(草薙剣=アロンの杖)の他社への移譲も決定...これら一連の動きはある結論に向かって動いているとのこと。
で、草薙剣移譲先が伊雑宮であり、「アマテラスとスサノオの結婚」の末、出来た子供が伊雑宮だという位置づけではないかと飛鳥氏はいう
ここに父と子と聖霊の三位三体のカバラの究極奥義が完成する。
※ この三体は「生命の木」の「均衡の柱」「峻厳の柱」「慈悲の柱」を表している。「666」が悪の三位一体であり「反キリスト・反法王・偽預言者」を指す。それに対し「六六六」は「八」に鍋フタをした一歩手前の状態であり「777」だとも云えるが、こちらが絶対三神の三位三体。オリオンの三つ星がそれを暗示。聖書ヨブ記の「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか。」とあるが、プレアデス(唯物史観)から脱してオリオン(観察精神)への移行こそが その鍵となる。
熱田神宮1900年祭
(今年5月、草薙剣安置1900年祭を終えたばかりの熱田神宮。しかし、本当の安置は秦の始皇帝から神器をだまし取った徐福が東三川に徐福国建国し安置(兎足神社)していたが、この徐福国を討伐して神器を取り戻した1600年前頃だと睨んでいる。)
確かに物部神道は首露王(倭旨)から始まる初期大王家(扶余系スキタイ、カド族)の伝えた神道であり、天香久山で鹿の焼く香りを天神に捧げる「はん祭」の儀式を執り行っていたように生贄を捧げるヘブライ色の濃い神道。血の儀式をしていたと云われる由縁です。三世紀後半、半島にいて雇われ王をしていた初期大王家は縄文人の招きを受け、琉球伊平屋島を経由して王垣に上陸したが、渡来途中で磐座を使う御嶽祭事をアチコチで行った。この時、沖縄にも御嶽(うたき=男子禁制の祭祀施設)が伝わり今に残るが、これは巫女を中心とする信仰という点が異なる。多分、沖縄の御嶽は縄文人の巫女信仰と初期大王家の御嶽祭事の融和の産物なのだろう。
オイラは磐座信仰、即ち古神道は縄文人の宗教だと勘違いして前記事に書いてしまったが、縄文人、その後の出雲系が奉じた宗教がイマイチ良くわからない。縄文草創期以前には巨石を用いて築いた自然(太陽)崇拝の祭場(磐座)があり、磐座は縄文人の宗教施設であることは間違いないが、それ以外にも徐福が伝えた道教色の濃い蚩尤(しゆう)を祀る銅鐸神事も行っていたようなのだ。
ただそこに貫徹する内容がある。
それは、、、巫女制。
これが古代日本を貫徹する宗教の骨格だった。縄文時代の遺跡からは多くの精巧にできた土製の仮面が出土していますが、これらは全て女性用に造られていて、見つかった場所から地域のリーダー格の人間がつけていたと考えられている。つまり「巫女信仰」は縄文時代から存在し、リーダーは常に女性だったと考えられるのです。
ですから、時代を下った邪馬台国でも卑弥呼、トヨが立てられたのであり、男王は「王君」(王の君=女王の配愚者)と呼ばれたのです。
腰掛ける巫女
(「腰掛ける巫女」)
仮面のビーナス
(茅野市出土の「仮面の女神」)
 合掌
(八戸の「合掌土偶」)
多分、有名な遮光器土偶も仮面を付けた巫女の姿なのだろう。
縄文の巫女は、頬に魔除けの入れ墨に似た四筋の渦巻き模様を入れたり、目の周りを黒っぽくし鼻と眉を高くして目の部分を影にすることによって、目つきに凄さを持たせていたという。まるでジョーカーのような感じだすな(汗)。
このように縄文人は根っからの巫女萌えだったのだす-。
さてさて伊雑宮の復活とは、伊勢が三つ星化することに他ならない。伊雑宮、籠神社、熱田神宮はいづれも物部系の神社ですが、この三社の動きが今後の方向性を決定化する。
※飛鳥情報では「物部神道=旧約、秦神道=新約」という区切りをしているが、何故、旧約の物部系神社に新約のレガリアであるイエスの十字架や罪状版が安置されているか?というように、ツッコミどころは満載。。
外宮・内宮・伊雑宮の三宮の配置はオリオン座の三つ星を表していて、エジプトのギザのピラミッドと同様のもの。更には五十鈴川はナイル川や天の川を表していたのとも同じ。これを隠蔽したのが八咫烏の指令を受けた藤原不比等。それは来るべき時まで知られないようにする必要があったからだと推測されている。
伊勢三つ星
(伊勢のオリオンの三つ星)
物部神道の復活のついては「カゴメ唄」に隠された秘密からも解けると飛鳥氏はいい、「この唄は、本来、籠神社の隠し歌であり、そこには日本の国家成立にかかわる重大な秘密が暗号として隠されているのです。」と籠神社宮司の海部氏の談話を紹介している。
この籠神社に伝わる極秘伝は、カゴメ歌に登場する「鶴」は伊雑宮を指し「亀」は籠神社を指すいうもの。八咫烏からも籠神社と伊雑宮はそれぞれ「阿」であり「吽」であり、AとZ、アルファとオメガ、はじめと終わりであると知らされたという。ただし、藤原氏の謀(はかりごと)によって、藤原京移転時に旧京に残された物部氏は中央政治の表舞台から外され、歴史から消された。しかし、この2013年に至り物部神道が復活するとは、、、これは藤原氏を生かし物部氏を封印したのは八咫烏の策略なのか? それは表と裏をひっくり返すための舞台装置なのかもしれない。つまり、この逆転激が雛型となり、日本列島に伝播・拡散・横展開して大ドンデン返ししていくのだろうか?
う-む、日月神示が初期大王家(物部神道)に関するというオイラの洞察は正しかったとなる(ふふふふ)。
伊勢がオリオン化しイエス顕現化するのに対し、中央構造線で繋がる諏訪湖では武田菱が見つかったという。これは『甲陽軍鑑』に記されているように信玄公の水中墓ではなかと期待されているが、実は、まだまだ全貌は不明なまま。少なくとも菱形の窪地地形があることだけは確かだという。
(武田菱 クロス線が細いのが宗家。甲斐源氏の名門ですが宗家は途絶え、庶家が江戸時代以降も続く)
そして、この武田菱は十字架を表している!!!
諏訪の近くの茅野は縄文文化の一大中心地であり、かつて諏訪神社は洩矢氏が宮司であり、近くには守屋山がある。諏訪で祀られるミシャグチ神は「御イサクの地」という意味だと語り部は言う。この「モリヤ」という名は旧約聖書に出て来るエルサレムにあるとされる地名で「イサクの燔祭」があったという場所。モリヤには「主が備える地」あるいは「主顕現の地」という意味があるという。また、この「イサクの燔祭」記述をそのままにした御頭祭も諏訪神社で行われていて、縄文とヘブライ的な物部神道の痕跡が濃く残っている地なのです。
伊勢と諏訪の復権、、、これはきっと何かの予兆的符合だすな。
まぁ、言霊的にはこの二箇所のネーミングは、、、
イセ+スワ → イセスワ → イサワ → イザワ → 伊雑 ということなのか? あるいはイエス → イェシュア → イセスワ なのかもしれない(笑)

悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2546.html













諏訪湖 武田菱01 諏訪湖 武田菱02
この諏訪湖と伊勢を結ぶ中央構造線の丁度真ん中に東三川があり、三方を
蓬莱山・方丈山・エイ州山(鳳来寺山・本宮山・石巻山)
の「東海三神山」に囲まれた地に鳥居強右衛門の磔刑地がある。
スエモンは両性具有のアダムカドモンを彷彿とさせる存在ですが、カドモンは人類が個我を持って分離する前の統合化された
「原初の人間」
とされる存在。イエスの原型ともされている。
※イエスキリストは「第2のアダム(カドモン)」とも言われる。
以上、伊勢-東三川-諏訪は十字架ラインを形成している。
※中央構造線の終点の薩摩は島津家の「丸に十字」でもある。
また遠山郷の領主・遠山家の家紋は「丸に渡し箸」は、島津の「丸に十字」の十字架を分解して横に並べた形になっている。
 スエモン
(スエモン磔刑図、まさに日本を体現)
伊勢のオリオン、諏訪の十字架、、、これは御代出づ(345)が近いという暗示なのか? 
ちなみにオリオンは我が家の家紋「左三階松」であり、「武田菱」は母方の家紋ですが、このシンクロ、何かしらの縁を感じるが、それは単なる妄想に過ぎないかも(笑)。
東日本大震災、原発事故を年月まで予測的中させたという陰陽自然学の飯田亨氏の話によると、来年2014年からが新時代が始まり、本格的な「光の時代」の幕開けは2034年からであるとのこと。2014年からグレンと世の中がひっくり返り、世の中の凡ゆる面で今までのような中央集権的な一極集中体制は崩壊していくだろう。今、太陽が極度の熱線を放ち、2011年の時以上の熱中症患者が出だしていますが、自然界の猛威がこの一極集中体制を破壊していくだろうと見ている。
※自然界の有様が過去データから予見出来ない為、中央集権的な対応では処理出来ない状態となる。
現場個々の判断処理がより重要になってくる。
これはかつてのコンピュータ界で起きたことで、メインフレームからダウンサイジングという流れになっていった。
陰陽自然学
(陰陽自然学の2011年の予測)
彗星発見者で有名な木内氏が某学者から聞かされた光害により植物が激減するのが2014年頃ですが、植物激減により二酸化炭素が増加し、風の凪いだ窪地などでは二酸化炭素が滞留することで窒息死する者が増えると警鐘を鳴していましたね。光害ではないが、最近の激熱の太陽熱線は全ての植物を死滅させるぐらいの勢いがある。
ケネディ真相暴露解禁は2039年だし、オコツトがいう生きながら死後の世界に入る「入神」も2037年。
キリスト再臨の年も2037年であるから、この頃に伊雑宮の本宮化だろうな、、、そして、その後てんし様の降臨という段取りか?
、、、ただ、あと20年以上先の話だ。長いなぁ、、、(滝汗)。
この頃だと世界天皇はユージンで確定だろう。彼に真の天照大神(スサノオ)が降臨という展開か?
う-む、ビ、ビリケン広飲み屋は?
次回の天皇は「哀帝」になるという京都公家予言がありますが、トーグー様は誕生日が
「富士山の日」
であることから富士山のあり方とシンクロするかもしれない。
オイラは富士山は山体噴火でカルデラ化してしまうと睨んでいますが、このように天皇制も彼の代で木っ端微塵に吹き飛んで呆気なく終了という展開になるのかもしれない。それが富士山を体現している「哀帝」の役回りなのかもしれない。
2013-07-06
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Comments
待ってました的な記事の内容ですね★o(^-^)o★
いや-読み応えがありました☆
さすがヤッズくんですね、他のブロガーさんも取り上げてられましたね(^O^)
草薙の剣までもが今年、集まるとは、知りませんでした☆
いや-楽しみですね★
ところで、ラジャサンについての記事を有名ブロガーさんも取り上げておられますが、本当に意志があって自在に移動してるんですかね?
(映画フィフス・エレメントみたいな…)
一説によるとプレアデスのスフィアだとも…
ある正当な筋によると、本当に存在するらしいですよ☆
これが表に出現するとヤバいらしいです…
なんたって木星サイズだから…(>_<)
2013-07-09
ユミエル
No title
フィフィス・エレメントが見たいな-。
だーはーと
私も暗黒天体ラジャサンが気になってしょーがないんです。表に出るとヤバイ。
それでもいい。
ラジャサンの実態がもっとオープンになるのを首長くして待ってます。
今までの天文学の常識からハズレてますからね。
太陽系の力学的なバランスにまったく影響されないのは、自然な天体じゃなくて人工物だったりして。
道の宇宙生命体かもね。ある筋ってもしや…。最新情報が見つかったらまた書き込んでください。

悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2546.html







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2018年12月20日

ミトラ教

比較宗教学
2013/01/15
第6回
第7章 キリスト教
第1部 イエスとキリスト教信仰の成立
1 キリスト教の定義
「キリスト教とは、イエスは神の子であると信じる宗教である」
――もう少し正確に言えば、
「キリスト教とは、イエスという歴史上の人物は、(人類に救いをもたらす)神の子キリスト(人類の王)であると信じる宗教である[1]」。
この定義は、キリスト教の根本的教義であり、その他の教えは、このイエス・キリストの言行に基づいている。
この言行は、キリスト教の正典の一つである『新約聖書[2]』に記されている。
「イエスが神の子である」
ということは、イエスがキリスト教にとって単に歴史的に実在した人間(人の子)であるばかりでなく、
同時にそれ以上のもの(神の子)であることも意味する。
もともと世界の諸宗教においては、教祖の神格化という現象は決して珍しいものではない。
仏教のように、原理的には神を立てない宗教においてさえ、時が経つにつれ、教祖の理想化・神格化が行われた。
しかし、キリスト教ほど、この教祖の神格化に中心的な重要性を与えた宗教は、おそらく他にないだろう。
この
「イエスは神の子である」
という告白(信仰内容)が、同じ聖典(神の啓示)から出発したユダヤ教や、同じ神を崇拝するイスラームと 袂 たもと を分かつ原因にもなった。
単なる人間イエスを神の子と見なす信仰は、キリスト教の聖典の一部である『新約聖書』を強く 彩 いろど っている。
したがって我々は、イエスの言行を記したとされる『新約聖書』を通して、歴史的人物としてのイエスの生涯と彼の教えを正確に得ることはできない。『新約聖書』は、イエスに関する歴史的事実を忠実に伝える文書ではなく、イエスについて聖書記者が抱いた信仰内容の記述である。それゆえ、実際のイエスの教えと、後の人たちが記したイエスの教え(教義)とが一致しない可能性がある。しかしそれでも『聖書』が、歴史上のイエスを知る上で第一級の資料であることにかわりはない。

比較宗教学
http://www.geocities.jp/studia_patristica/comp0506.htm












6 クリスマスの日時と由来(再論)
キリストの誕生日は、一般に12月25日とされている。
しかしそれは、聖書のどこにも書かれておらず、教会(宗派)ごとに異なっていた[7]。
前回も述べたとおり、キリストの誕生日とされる12月25日は、キリスト教そのものに由来するのではなく、
キリスト教が広まる以前にローマ帝国内で盛んであった太陽崇拝(アニミズム)に由来している。
@ ローマ帝国では、サトゥルナリア(農耕神サトゥルヌスの祭[8])が
12月21〜31日もしくは
12月17日から一週間、
行われていた。
この期間中でも特に、冬至の日(12月22日前後)は、
「太陽が甦る日」
として盛大に祝われた。
A さらに、ローマ帝国では、古代ペルシアが起源のミトラ教が広がっていた。
ミトラ教の主神ミトラは,ギリシア神話のアポロンのように,光と真理を司り,すべての悪を圧倒的な力で排除する善の神で、ローマ人兵士の間で信仰されていた。
このミトラ神(太陽神)が、ローマ帝国の皇帝崇拝と結び付けられ、
237年にローマ皇帝アウレリアヌスによって、12月25日が
「不滅の太陽の誕生日」
として、ローマ帝国の正式な祭日と定められた。
こうして、それらの冬至にまつわる二つの祭日と、ときに「太陽」や「昇る朝日」にたとえられるイエス・キリストとが習合し、(西ヨーロッパでは)12月25日がキリストの誕生日となったのである。

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■■■第5章:ミトラ教と日本のつながり
●「ミトラ教」は、
「ミトラス教」(古代ローマ帝国)、
「明教」(中国)、
「マニ教」(摩尼教/中央アジア・中国)、
「ズルワーン教」(ペルシア)、
「ボゴミール派」(東欧)、
「カタリ派」(フランス)
などとも呼ばれる。
ボゴミール派やカタリ派をキリスト教の一部とみなし、その異端とする考え方は古い見方で、最近の宗教学では修正され、
もともと思想も系譜も異なる東方オリエント系の宗教のキリスト教世界への伝播と考えられるようになってきている。
●「ミトラ神」は、キリスト教徒にとっては「キリスト」そのもので、ユダヤ教徒にとっては「大天使メタトロン」であり、
イスラム教徒によっては「イマム・マーディ」、ヒンドゥー教徒によっては
「カルキ神」、または
「クリシャナ」
の再臨とされている。
神智学では、ミトラ神のことを「ブラフマー」あるいは「ロゴス」と呼び、その地球上での姿を「世界教師」と呼んでいる。
「ミトラ」という名前は、サンスクリット語で「マイトレーヤ」と転訛し、インドやチベットなどではマイトレーヤと呼ばれている。
一方、イラン系ミトラ=ミスラがミフルと転訛。続いて
ミクル→ミルクル→ミルク
となり、最終的に
「ミロク」
と呼ばれる。
このミロクが漢字に翻訳されて
「弥勒」
となり、マイトレーヤの訳語となる。
これが「弥勒菩薩」である。弥勒菩薩は仏教におけるメシアである。
このように、世界中の主要な宗教の中にミトラ神の像が組み込まれている。
●ミトラ信仰は、中央アジアから中国・古代朝鮮を経由して日本にも伝えられ、弥勒信仰の中に生きている。
日本において弥勒信仰は、そのまま仏教だった。
当時、いち早く仏教を取り入れようとしたのは、蘇我氏であった。
彼らは仏教を政治的に利用して、古代日本の支配権を手に入れた。
その際、蘇我氏がバックにつけたのが仏教を持ってきた渡来人たちであった。
なかでも、最大の力を誇っていたのが
「漢氏(あやし)」
なる一族だった。
漢氏は、ペルシア系渡来人で、仏教のほかに奇妙な信仰を持っていた。
それは、漢氏にちなんで「漢神信仰」と呼ばれたが、その中心は雄牛を殺す儀式にあった。
この儀式はミトラ教の密儀に通じている。
●12世紀以降の中央アジアと中国では、東方ミトラ教ミーフリーヤ派(弥勒派)が活発な活動をし、彼らから朱子は東方ミトラ教を学び
「朱子学」
を興した(12世紀)。
さらに王陽明が「陽明学」を築いた(15世紀)。
東方ミトラ教は別名を
「明教」
というが、中国では明(1368〜1644)という王朝名の由来となった。
朱子学と陽明学は東洋版神智学の双璧である。
日本では江戸時代に林羅山、三浦梅園らが「日本朱子学」を興隆させ、中江藤樹らが陽明学を興隆させ、伊藤仁斎らが
「古学」
を起こし、荻生徂徠が
「徂徠学」
を起こし、本居宣長らが
「国学」
を起こした。
●「神智学」はマダム・ブラバッキーやルドルフ・シュタイナーの十八番と思われがちだが、そうではない。
東方神智学的な認識は、日本の朱子学や陽明学、徂徠学、国学などのいわば日本版神智学と極めて類似した思考パターンを示している。
国学=日本版神智学
と考えたほうが正解である。
なお、20世紀初頭、インドの巨星タゴールの詩集をいち早く翻訳した功労でも知られる三浦関造氏が、ブラバッキーの
『霊智学解説』
を翻訳出版したが、この本が日本における神智学資料の草分け的存在になり、現在、三浦関造氏は日本神智学の祖とされている。

ヘブライの館
http://inri.client.jp/hexagon/floorA7F/_floorA7F_mitra.html














 

 

■■■おまけ情報:キリスト教とミトラ教の共通点
キリスト教とミトラ教の共通点を簡単に挙げておきたい。
【誕生の予言と目撃】
ミトラ誕生は、3人の占星術の学者たちが予言し、羊飼いがその誕生を目撃する。
そして彼らは捧げ物をもって誕生を祝いに行った。
これは福音書のイエス誕生と通じている。
【誕生日】
ミトラの誕生日は、冬至の日、12月25日。
これはイエス・キリストの誕生日に置き換えられた。
【奇蹟】
ミトラは死者をよみがえらせ、病気を治し、目の見えない者の目を見えるようにし、歩けない者を歩けるようにする。
イエスの数々の奇蹟と共通している。
【12弟子】
イエスには12人の使徒がいた。
ミトラは12星座に囲まれる。
ミトラ教において、12星座は12人の神に象徴される。
【復活祭】
ミトラの勝利を春分の日に祝うことがもとになっている。(キリスト教の復活祭)
【最後の晩餐】──もとはミトラのオリンポスでの祝宴
これはミトラが天上に帰還する前日に12人の光の友たちと最後の晩餐をすることがモデルになっている。
【聖体拝領】(パンとブドウ酒)
もとは、ミトラとアポロンが催す宴席に信者一同が参加し、聖なるパンとワインを分けてもらうことで自分たちがアポロン同様に
「ミトラの友」
であることを確認する儀式であった。
新しい仲間を迎えるときも、同様の儀式をした。
ミトラ教の密儀では、牛を殺して、その肉と血をメンバーとともに食べる。
これは、そのままキリスト教における聖餐の儀礼である。
ただ、食べるのが
イエスの肉=パンと
イエスの血=ワイン
であるかの違いである。
【洗礼の儀式】
ミトラ教では、メンバーが水に体を浸す洗礼という儀式がある。
説明するまでもなく、これはキリスト教の儀式そのままである。
【昇天と再臨の予言】
もとはミトラの天への帰還と再臨の予言である。ミ
トラは天上に帰る際、自分が再び復活して、光の友と一緒に歩むとの言葉を残している。
【復活の日と最後の審判】
もとはミトラ教におけるコスモスの終末に先立つ、死者の復活とその最後の審判のことである。
【最終戦争とハルマゲドン】
もとはミトラの最終戦争である。
ミトラの友は最後の戦いで光の天使軍に加わり、闇の軍団と戦う。
『ヨハネの黙示録』
によれば、終末の日、イエスは白馬に乗った姿で現れる。同じくミトラも白馬に乗ってやってくる。
■その他の共通点
●イエスはメシアである。ミトラも救世主である。
●イエスは厩(うまや)で生まれた。当時の厩は洞窟であり、岩屋でもあった。
ミトラはまさしく岩の中から生まれた。
●ミトラ教の聖なる日は、日曜日である。
『旧約聖書』によれば安息日は土曜日であったが、キリスト教はミトラ教の影響で、安息日を日曜日にした。
●ミトラ教の最高司祭は
「パテル・パトルム」(父の中の父)
と呼ばれていたが、これがそのままカトリックの教皇の名称「パパ(父)」に通じる。
●ミトラ教の密儀は、洞窟や地下で行われた。原始キリスト教徒は、みな地下の共同墓地カタコンベで儀礼を行った。
●イエスは創造主なる御父がいる。
『アヴェスタ』
においてミトラは創造主アフラ・マズダの子供とされている。
●イエスは自らを世の光と呼び、ときに義の太陽と称される。
ミトラは光明神であり、太陽神でもある。
このように、ミトラ教の儀礼をみれば、キリスト教にオリジナルな儀礼など、何もないことがはっきりとわかるだろう。
結局、「イエス・キリスト」は何者だったのか? 
これについては、別ファイル「秘教的キリスト教」において詳しく考察していきたいと思う。
なお、「ミトラ神学」についてはまだ研究中なので、まとまり次第、テキストを追加していきたい。
(1998年3月)

ヘブライの館
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民族移動する以前の古代アーリア人宗教「原始ミトラ教」
ゾロアスター教>バラモン教
V   V   V               
ユダヤ教  仏教 ヒンドゥー教
V         
キリスト教      
V   
イスラム教

神旅,仏旅,むすび旅
https://ameblo.jp/taishi6764/entry-11996768012.html










J古代アーリア人の「ミトラ教」〜中国まで〜
2015-07-06 13:17:19
【ミトラ教】
ミスラ(Miθra)とはイラン神話に登場し、英雄神として西アジアからギリシア・ローマに至る広い範囲で崇められた神。
インド神話の神ミトラ(मित्र [mitra])と起源を同じくする、
インド・イラン共通時代にまで遡る古い神格である。
その名は本来「契約」を意味する。
ミスラ神(ミトラ神)は元々は、インド・ヨーロッパ語族の古代アーリア人が信仰する神格群の一柱であり、その際の神名はミスラ神と言われます。
●ミトラ教研究の東條真人氏によると、ミトラ教は時代によって5つに区分することができるといいます。
◎原始ミトラ教時代……紀元3世紀までのバビロニアを中心とした時期
◎西方ミトラ教時代……ローマ帝国とセレウコス朝シリアを中心とした時期
◎東方ミトラ教時代……バビロニア=イラン=中央アジア=中国など
               全ユーラシア大陸に広がった時期。
               伝道者マニの名をとって「マニ教」とも呼ばれる。
◎東方神智学時代………イスラムの神学と融合した時期
◎現代神智学時代

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☞古代アーリア人の共通祭式儀礼は
民族移動する以前の古代アーリア人の共通祭式儀礼
紀元前2500年から紀元前九世紀頃までの古代のアーリア人が古くから信仰してきた自然崇拝の宗教は、
祈禱、
拝火、
犠牲獣祭
でした。
最上位の神官階級は、特定の神格に聖なる祈禱マンスラを唱えて犠牲を捧げることによって、その神格から応分の果報を得る能力をもっていた。
1まず神官は依頼人から渡された犠牲の獣(牛)を屠って、神々に捧げる。
2次にハマオ(薬草の樹液)という一種の幻覚剤を調整して服用し、神託を得る。
3神託を依頼人に告げ、神々に捧げたはずの犠牲獣(牛)の大部分を神官の取り分として祭式を終わる。
神官階級が祈りを捧げる神格は、大分すると
◉アフラ神群右矢印ミスラ、ヴァルナ、アルヤマンなど
◉ダエーヴァ神群右矢印インドラ、ナーサティヤなど
「古代アーリア人」
イラン高原のアーリア人により支持されていたゾロアスター教。
紀元前1世紀以降のヘレニズム時代になると、古代アーリア民族の宗教で最も活発だったのは、ゾロアスター教ではなくミトラ信仰であった。
ミトラ崇拝は、アケメネス朝時代からイラン高原西部に浸透して紀元前1世紀以降は、メソポタミアから小アジアまで拡大して行きます。
アケメネス朝の頃から、ミトラ派の神官たちは小アジア地方にも活動の場を広げていたが、紀元前1世紀頃になると彼らはギリシアの影響を強く受け、その結果、ミトラ神をギリシアの「太陽神ヘリオス」と同一視した新たな信仰が生み出されます。
1世紀後半に西北インドに興ったクシャーナ朝に伝えられて
「太陽神ミイロ」
となり、後にはこれが仏教に取り入れられ「弥勒菩薩」となる。
またミトラ派の神官たちは、バビロニアの神官団(カルデア人)と合流し、ミトラの密儀とバビロニアの占星学を統合して
「秘教占星学(ズルワーン神学)」
を作りあげ、ミトラ教という宗教に発展させた。
これはのちにバビロニア=ストア学派の手でローマ帝国に伝えられる。
ミスラ信仰はペルシャ帝国期、マギ神官 によって小アジア、シリア、メソポタミアに伝道され、ギリシアやローマにも取り入れられた。
ギリシャ語形・ラテン語形でミトラースと呼ばれ、太陽神、英雄神として崇められた。
その信仰はミトラス教と呼ばれる密儀宗教となって、1世紀後半から4世紀半ばまでのローマ帝政期、ローマとその属州で広く信奉され、
善悪二元論と終末思想
が説かれた。
最大のミトラス祭儀は冬至の後で太陽の復活を祝う12月25日の祭で、キリスト教のクリスマス(降誕祭)の原型とされる。
のちに新プラトン主義と結合し、キリスト教と争ったが、圧迫されて衰退した。


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【ポントス王国のミトラ信仰】
ヘレニズム時代より、トルコ北部とクリミア半島には「ポントス王国」ができた。
歴代君主には、「ミトリダテス」という名が並んでいる。
小アジア以東のオリエント世界に見られる男性名。
ミトラダテスとも。
「ミトラス神に与えられた者」
を意味するペルシア語名ミフルダートのギリシャ語形である。
おなじ「ミトリダテス」という名は、パルティア王国の君主の中にもこの名を見出すことが出来る。
ポントス王国はクルド人がつくったミトラ教国家で、この国の海軍の将兵たちがローマ帝国に積極的にミトラ教を広めた。
クルド人は、のちにアユーブ朝とザンド朝をつくり、イスラムにミトラ教を融合させていった。
アフガニスタン・パキスタン・中央アジア・カシミール地方を合わせた地域には、ミトラ神を崇拝するミトラ教国家
「バクトリア」
が誕生した。
バクトリアの王家は、ギリシア系のプラトン一族で、ギリシア本土の哲学者プラトンとつながっている。
このバクトリアが滅亡したあと、「クシャーナ帝国」が生まれ、仏教を国教とした。
王朝が変わってもミトラ信仰は盛んだったので、それを仏教化した弥勒信仰が生まれた。
こうした一連の歴史の流れの中で、「ズルワーン神学」の後期の形態から
「西方ミトラ教」
が生まれ、それが更に発展して「東方ミトラ教(明教)」になった。
イスラムが広がり始める7世紀以降は、徐々にイスラムにとって替わられていく。

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【アルメニアのミトラ信仰】
アルメニアは、「紀元301年には世界で初めてキリスト教を国教とした」ことで有名です。
アルメニアは、パルティア王国が224年にサーサーン王朝に滅ぼされたあともサーサーン家宗主権。
のもとで428年までアルメニアを支配した。
そのため古代アーリア人の信仰した神々の影響を受けた。特にミトラ神を好んだ。
ザラスシュトラの宗教改革の結果、ゾロアスター教の中では六大天使にも入らなかったミトラ神だが、ゾロアスター教の影響が及ばないアルメニアや小アジアなどの西方では、ミトラ神は崇拝を集めた。
ミトラ神殿
(オリエント世界で現在確認される唯一のガルニミトラ神殿遺跡(再建されたもの))
アルメニア王国のアルシャク王朝初代のティリダテス一世が、ローマ帝国の承認を受けるために3000人のパルティア騎士に警護されてネロ皇帝の前にひざまずいた際、彼はギリシア語のスピーチで
「自分はネロ皇帝の僕であり、ミフル神を崇めるようにローマ帝国を崇める」と宣言したことは有名である。
ガルニミトラ神殿もティリダテス一世が造営したとされている。
ミトラ信仰は、この地を訪れたローマ軍兵士や海賊などを通じて地中海世界へ流入して行く。
ゾロアスター教の聖典アヴェスターでは、ミスラ神は
「光の君」、
「真実の神」、
「死から救う者」、
「浄福を与える者」、
「勝利者」、
「戦士」、
「広い牧場の君」
などの称号が与えられており、その軍神としての性質、及び、現世利益的な性質から、
海賊、商人、奴隷、軍人
を媒介として流布し、ローマ世界へと流入したとされます。

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【ローマ帝国のミトラ信仰】
ミトラ教はキリスト教が普及するまでローマ帝国内で広く流行した。
ミトラ教はローマ帝国内で非常な威勢を誇り、各地にミトラ神殿が建立され、歴代ローマ皇帝の中にも、ミトラ神を政治的に利用するだけではなく、信仰を捧げた者もいた。
ミトラの密儀は、バビロン又はカルディアの占星術と融合してできたもの。
特異な密議宗教として地下に密室を掘って男だけで集まり、短剣で牛を屠って再生を経験するという儀式を行う。
ミトラ教は、ヘレニズム・ローマ世界で主に紀元1世紀から4世紀にかけて、キリスト教と並ぶ救済宗教として絶大な支持を集めていた。
しかし、キリスト教による世界独占の方向に進んでいき、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝の甥のユリアヌス帝の死後、ローマ政権と結んだキリスト教による一元的な宗教支配体制が着々と押し進められていった。
392年には、ローマの伝統である宗教的寛容さを打ち切る旨の勅令が出され、国の祭儀として行なわれていた古代ローマ時代から続く儀礼への国費補助が打ち切られた。
そして、ミトラ教をはじめとする異教の神殿は破壊され、それまでミトラ神の洞窟神殿だった聖域上にキリスト教会が建立された。

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【牛を屠る神】
ミトラス神は
「牛を屠るミトラス神」
という図像で描かれることが多く、その標準的な構成は、中央に牛を捕えて短剣で屠るミトラス神を配し、左右に一対の松明保持者、牛の下方に蛇、さそり、犬などの動物、上方または周囲に擬人化された太陽や月、天の12宮が描かれます。
ミトラの主要な概念は、
ミトラに体現される善の勢力とアフリマンに体現される悪の勢力の不断の戦いである。
神話によれば、ミトラは洞窟で、手にナイフとたいまつを持ち、フリギアの帽子を被った聖人の姿で生まれたという。
この時近くにいて最初の証人となった牧夫は、彼に彼らの家畜の生んだ最初の仔と木の実を送った。時を経て、ミトラは彼に定められた運命に従って悪の体現であり、世の邪悪な暗黒の勢力である猛牛に戦いを挑んだ。
両者の激しい戦いで、ミトラはナイフで猛牛を傷つけ勝利した。
ミトラと猛牛の戦いは終わらず、ミトラは太陽の使者カラスを通じて猛牛を殺害せよと命令を受け、犬の助けによってその命令を遂行する。
その後大きな奇跡が起き、猛牛の死によって善の自然力が生き返り、ミトラは人類の一切の善なるものの源泉となる。
猛牛の体と尾から有用植物と薬草が生え、血液からブドウが生えた。
タウラクトンの猛牛に打ち勝つミトラ像は、ミトラ教の基本的なシンボルとなり、あらゆるミトラ神殿に置かれた。
この像にはしばしばミトラの主要な同伴者、すなわち猛牛の血を飲み、大地を体現する蛇、猛獣に噛みつく犬、猛牛の睾丸に食らいつくサソリがついている。ミトラは、猛牛という自らの宥和的な供儀によって、宇宙的悪から人間を救う。
ミトラはこの偉業の後、彼を崇拝する人たちを最後の晩餐に招くが、ここで妥当された猛牛の血を象徴するワインによる秘儀が行われる。
この後、ミトラは天に昇る。
これをもって、地上に置けるミトラの使命を完結する。
その後、悪の力がアフリマンの姿をとって、人間に世の終わりを告知する多くの災難と不幸をもたらす。
ミトラは人間を救うべきして到来して、世の浄化と新生を象徴する世界火によって悪を根絶するまで一連の偉業を行う。
ミトラの言葉によって全ての死者は蘇りミトラの前に集まる。
そこで正義の神であるミトラは善者と悪者を選別し、猛牛の聖なる血によって善者を聖別し、永遠の不死をあたえる。
▶儀礼
彼らは、魂を浄化するための特別の儀礼があり、また相互に「親愛なる兄弟」と呼び、
小さな十字形に切れ目を付けたパンを食べ、ワインと水を飲んだ。
ミトラ教の宗教的秘儀には、音楽、太陽への祈り、祭壇での拝火などがあり、ミトラ神の誕生日である
12月25日
は主要な祝日であった。
*キリスト教のクリスマス(降誕祭)の原型とされる。
こういった儀礼より芸術的遺産には
 猛牛に勝つミトラ
 岩から生まれたミトラ
 ライオン狩りのミトラ
などがある。
(岩から生まれるミトラス神(アテネ国立考古学博物館))

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レジナルド・フェセンデン氏はこうした「アトランティス伝説」についてのきわめて入念な研究をしているが,
それによるとかれはアトランティスは大西洋のなかの失われた陸地ではなくて,おそらくかつてコーカサス地方にあった,
極めて重要な文明をもっていたところのことらしい,と結論づけているのである。
モーゼは実に手がつけられないほど厄介な人物です。
これはエジプのパピルスの巻物からの「死者の書」ですが,
モーゼの十戒は100%ここからの盗作である。
エジプトではMISESが神から与えられた法の石刻版を授かった。
この「死者の書」にあるフレーズ”盗みはしない”が「なんじ盗むべからず」,
”人を殺してはいけない”が「なんじ殺すべからず」,
”嘘をつぃてはならない”が「なんじ偽証すべからず」になっただけである。
小学生でも知っているマタイによる福音書第2章で「占星術の学者たちが東の方からエルサレムにやって来た......」とある通り
これは人類の太陽崇拝を意味している。
いわゆる天体という12星座である。
太陽が天体の12黄道を回ることは春分点歳差運動でありこの記事は書いたので省略する。
「東の方から」とは東方の星で最も輝く犬座のSIRIUS(シリウス)を指している。
この星は12月24日にオリオン座の三つの星と直線(これが十字架)に並び,
この三つの星は「三人の王」あるいは「三人の賢者」と呼ばれている。
三人の王とシリウスは12月25日の太陽の昇る位置を指している。
だから三人の王が東方の輝く星に誘導され太陽の誕生(日の出)を訪れる。
つまり太陽の南下は12月22,23,24日止まり(三日間の死を意味する),
12月25日太陽は日の出とともに復活する(三日の死の後の復活)。
太陽崇拝のミトラでは太陽王の誕生日をだから12月25日としキリスト教も迎合した。
いやむしろ,12月25日ミトラは聖母から生まれ,12人の弟子を持ち,奇跡を起こし,死亡して三日後に復活した。
それがマイナス20度の馬小屋でイエスが生まれた日になってしまった。
イエスの物語はホロス神話と100%同じである。
つまり12人の使徒,奇跡を起こしたこと,三人の王,三日後に生き返った(復活)こと,みな同じである。
ではホロスの神話はどこから来たのか?
シモーヌ・ベイユは人生の後半バビロニアの宗教詩「ギルガメシュ叙事詩」とインドの「バガバッド・ギーダ」にめぐり合った。
カルタゴの時代から怖ろしい蛮族であるチュートン族の国際金融資本家はいた。
彼らにとって(アングロ・サクソンにとって)この宗教神話を使って社会を操作し宗教戦争を起こし(キリスト教の開祖が主張しているように)人類を支配している。
魚座の時代(紀元1年〜2160年)の間に一体どれだけ戦争が引き起こされ
神の名の正義のもとどれだけの人間が殺され富の偏在が生まれたか歴史をひも解けば明らかである。

ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/6.html






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ジェラルド・セレンテ:2019年,世界システム崩壊に備えよ-アメリカンドリームの死

By Michael Moore
Gerald Celente Red Alert: Prepare for the Worst Global Systemic Collapse 2019 – The Death of the American Dream
Friday, December 14, 2018 10:56

Before It's News
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ジェラルド・セレンテ:2019年,世界システム崩壊に備えよ-アメリカンドリームの死
2018年12月14日金曜日10:56
Michael Moore
トレンド・リサーチの分析専門家、未来派、基調講演者、研究所のディレクターであるGerald Celente(ジェラルド・セレンテ)氏)は,
トレンドの予測・研究・分析の顧問として多くの大企業に情報を提供している。世界の唯一のアナリストであり,300の多様なトレンド分野を網羅している。
「 Trends 2000」の著者であり「TrendsJournalR」の経営者でもある。
氏の警告記事を紹介する。
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■米国経済の実態
(紙幣のプリントアウトを無限に続けている)連邦準備銀行と他政府機関の情報によると,
米国の平均的世帯がかかえるクレジットカードの債務高7,000〜15,112ドル。
平均住宅ローン債務は146,215ドルで,学生ローンは31,240ドル。
米国全体が中国から借りている債務の総額は17兆ドルで,連邦準備銀行が自国の米国債買取に伴い増加している。
IRS,税金,連邦準備制度,富、自由,金,退職,債務,債務削減,ティーパーティー,保守,未来,幸福,project1776....
Peter Joseph(ピーターヨセフ)の時代精神補遺(Zeitgeist Addendum,ツァイトガイスト)の動画は以下の13章からなる:
1)現在のシステム&貧困(10 '26 ")
2)金融スキーム(6' 38")
3)破損,利益
5)石油,エネルギー,崩壊(7'56 ")
6)消費とインセンティブ(3'50")
7)労働と教育
8)貧困と貧困(11月15日)
4)帝国主義とベネズエラ「32」)
8)自然の再設計(14 '43 ")
9)ビーナスプロジェクト・テクノロジー(12' 25")
10)資源ベースの経済(12 '59 ")
11)代替エネルギー(6' 21")
12)被害者文化(4'16 ")
13)共生(13'20")
経済危機を生き延びることは目的の一つではあるが,繁栄し富を確保するのはそれとはまったく別のゲームだ。
幸いにも私はその事にについての研究をずっと行ってきた。
そこで私たちはその知識を結集し,サバイバルと富の両方を保護すべく,一般家族のための経済災害サバイバルの青写真を作成した。
そしてそれを米国民と共有する。これが「最後のバブルを生き残る」青写真を作った経緯だ。
来るべき大手銀行デリバティブの崩壊。
その環境下で生き残り繁栄するための青写真だ。
グローバリゼーション増加の指標はない。
近年,国境を越えたグローバルなインタラクティブ化とシステムの相互依存はすすみ,「システミックリスク」が指数関数的に増加している。
エネルギー探査,生産,送電,コンピュータネットワーク,医療,食料,水道,交通ネットワーク,商取引,金融
など,様々なシステムでリスクが増加している。
つまり,各国市民を支える世界的な政治・経済・金融システムでリスクが増加している事になる。
すなわち,「リスク研究」は重要な学術・政策分野になる可能性がある。
グローバル・システミック・リスク(Global Systemic Risk)は,グローバルな人工組織システムの堅牢性と脆弱性に焦点を当て,
短期/中期的なリスクの危険性とその結果を伴うリスクを意味する。
インタラクティブ・システムがリスクにつながった過去の例は,2007年〜2008年の金融危機。
金融危機以降にさらにすすんだ金融機関のインタラクティブ化・相互依存性を反映して,米国郊外の不動産ポケットの価値は低下,経済的に最大の課題となっていまった。
他のグローバルシステムにもこれと同じリスクを秘めていると研究期間は警告している。
グローバル・システミック・リスク(Global Systemic Risk)は,単一の部分の特性ではなく,構成する多数の自律的なエージェントの相互作用から生じる。
エネルギーシステム,情報ネットワーク,航空・海上輸送のグローバル化は,生産と流通の効率を高めるかもしれないが、一部のトラブルが全体へ影響を波及させてしまう危険性を秘めている。
単純に個々の合計と考えるのではなく,システム全体にもっと注意を払うことによって,食糧や疫学面での安全保障は改善されるかもしれない。
米政府のコメントによれば,現在米国の銀行システムの預金のうちで引出可能な預金は10兆ドルあるという。
市場を循環するリアル・マネー(ドルとコイン,real money in circulation)は1兆4000億ドル存在するというが,その半分以上が米国外に存在する。
そして他国に借りている10億ドル以上の負債が別に存在する。
もしも米国の債権者が一度に来て「借金返せ」と言ってきたら,米国内には一銭も残らない。
そして世界経済が崩壊する。
どの偉大な帝国も,このようにして終わった。。
米連邦準備理事会(FRB)が米国市民ではなく,腐敗した銀行家を救済することを決めた。病気だ。
もしもその金額で米国のすべての消費者債務を救済したなら,消費者には何十億ドルもの資金を解放することができたのに。
しかし現実はその代わりに,その金額を銀行のエリートのポケットを詰めたという訳だ。。
そして株式市場を史上最高値に追いやる事ができれば,危機とは縁が切れる。
今,彼らは最後の歴史的なキャッシュ・グラブに挑んでいるようだ。
トランプがもし暗殺されずに生きていたら,この動きを嗅ぎつけるだろう。
■おきうるリスク
もしも1929年大恐慌クラスの危機がおきた場合,世界は大きく変わる。
失業率が現在の5%から25%の5倍になり,4人に1人が仕事を失う。
経済生産は25%低下する。
そうなれば,米国の国内総生産(Gross Domestic Product,GDP)は現在の18兆ドルから13.5兆ドルに減少する。
多くのエコノミストは,史上最大の経済危機はまだ進行中だと考えているようだ。
この「アカデミー賞受賞映画・1929年大恐慌」は,世界的の現実的財務状況を知る上で重要だ。
1929年大恐慌の後に大不況がおき,米国の銀行の半分は倒産した。
倒産件数は,1930年の最初の10カ月だけで744件に及んだ。
これは1920年の倒産件数と比較すると,年率で1,000パーセント上回る件数だった。
1933年までに破綻した銀行は4000行に及んだ。
結果,預金者は失った金額は1,400億ドルに及んだ。
市民は銀行が預金を使って株式市場に投資していたことを知り驚き,慌てて預金を引き出そうとした。
銀行の「取付騒ぎ」がおこり,大手銀行でさえも倒産に及んだ。
大恐慌により多くの農家は農場を失った。
大恐慌と同時に,過度の耕作と干ばつによる不作がおきて米国中西部は「ダストボウル(Dust Bowl)」になった。
以前は肥沃だった地域が放棄された。。
こういった農をはじめとする何千人もの失業者がカリフォルニアに流れ込み仕事を探した。
彼らの多くはカリフォルニアでホームレスの「ホボス(hobos)」になった。
当時のハーバート・フーバー大統領の名を冠した街「フーヴァヴィル(Hoovervilles)」と呼ばれるシャンティタウンに流れた人も多かった。
しかし,今の世界では,幸いにもそういう事態はおきない。
ニューディール政策で連邦預金保険公社(Federal Deposit Insurance Corporation)が創立され,そういった事態がおきても預金者は保護される事になった。
■崩壊への備え
米国経済が崩壊すればどうなるか?
米国経済が崩壊すれば,資金にアクセスすることはできない。
米国の経済破綻から身を守ることは困難だ。
警告なしで起こる可能性がある。
まるでネズミ捕りの罠のように経済崩壊は瞬時に起き,そこから逃げられない。
過去の多くの大惨事では,人々は知識,知恵,互助によって生き残ってきた。
基本的な経済概念を理解し,不安定性の警告兆候を察知できるようになってほしい。
第二,できるだけ多くの資産を流動資産で保つ事。
1週間以内に回収できる流動資産で保つ事。
普段の仕事に加え,農業,料理,修理など伝統的な経済に必要なスキルを持つ事。
すぐに国を離れる必要がある場合に備え,パスポートが最新のものであることを確認し,逃亡先を調べておく。
来るアメリカの黙示録について,エリート主義者たちは十分に備えている一方で,一般市民の多くは全く無関心。
体調を万全にしておく事。
自衛・狩猟・火おこしなどの基本的な生存スキルを知る事。
キャンプ旅行の実践。
可能であれば,絶滅の危機に瀕している野生動物の保護区の近くへ引っ越す事。
そうすれば経済倒壊が発生した場合,比較的人口のすくない地域に住むことができる。
現金に関しては,その価値がなくなる可能性があるため,持っていても経済的崩壊の際には役に立たないかもしれない。
金塊の備蓄があっても,移動の際に重い金塊を持っていく訳にいかない。
しかし,もしかしたら,20ドル紙幣と金貨は役立つかもしれない。
過去にあった多くの危機状況で,これらは一般的に受け入れられた。
書籍は最良の崩壊前投資になりうる。
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posted by datasea at 15:07| Comment(0) | △ ジェラルド・セレンテ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする