2018年10月30日

予知情報:エドガー・ケイシー,転生,太陽の異常

エドガー・ケイシー (Edgar Cayce)
アメリカの超能力者Edgar Cayce (エドガー ケイシー 1877 - 1945)は自己催眠状態下において特異なサイキック・パワーを発揮したことで有名である。
その能力とは、医者が見放したような人の病気の原因とその治療法を、催眠下において的確に指示するというもので、
これにより実際数千の人が助けられたという。
おもしろいことに催眠中に何を言ったか、目覚めた後の彼自身は一切覚えていなかった。
催眠下の彼の言動はReadings(リーディングス)と呼ばれ14,000 回に及ぶ記録が今なお保存されている。
彼のリーディングスに関しては数多くの本が著されているが、
ここで取り上げるのは過去世記憶に関するものである。
1)Noel Langley, "Edgar Cayce on Reincarnation" (Warner Books, Inc. 1967)
ケイシーは非常に敬虔なクリスチャンであり、毎年必ず一度は聖書を読み通していたという。
そのようなエドガー ケイシーにとって驚くべきことが1923年の8月10日に起こった。
催眠から目覚めた後、いつものように記録を速記者に読み返させていると、その中で彼は、
「生まれ変わり(reincarnation)は事実である」
とはっきりと述べていた。
生まれ変わりを異端とするキリスト教徒の彼にとって、これは耳を疑うべきことであった。
彼の受けたショックの大きさは想像に余りある。
しかし、その後、彼は2500人以上の人の過去世についてリーディングを行って、生まれ変わりが疑いないものと彼自身確信するに至った。
ケイシーによれば、彼は過去世についての情報をAkashic Recordsから得ているという。
それぞれの魂が経験したことは全てそれぞれの潜在意識の中と、Akashic Recordsの中に保存されているという。
ケイシーは、誰でもそれを見る潜在能力を持っているとしている。彼によれば死と生まれ変わりのプロセスはこうである。
死とともに魂は肉体から自由になる。生きている間に経験したことは全てメモリー・バンクに貯蔵される。
意識(conscious mind)は死とともに廃棄される。ただし、潜在意識(subconscious mind)は物質からできていないので死後も生き残り、死後の魂の意識になる。また超意識(superconscious mind)が潜在意識の役割を取るようになる。魂が次の生を得て地上に帰って来ると、新しい意識が生まれ、潜在意識と超意識は元の役割を取るようになる。
ケイシーは我々の運命は
the law of karma(因果の道理)と
the Law of Grace(慈悲の道理)
で決められるとしている。
前者は我々の良い行いと悪い行いとは、それぞれ良い結果と悪い結果となって後でその人の上に現われるというもの。
つまり「蒔いた種は自分で刈り取らねばならぬ」である。
後者は
「他人の利益のために自分の利益を忘れて献身すると、今までに蓄積されていた悪い行いの付けは、その支払いを免れる」
というもの。ケイシーによれば、どちらを取るかは個々人の選択だという。
敬虔なキリスト教徒であるケイシーは「生まれ変わり」について、どう対処したのだろうか。
彼は、キリスト教も初期の時代には生まれ変わりを認めていたとする。
むしろそれが本来の教えだとする。
紀元前後のヨーロッパではギリシャのプラトンやピタゴラスの考えが一般的であり、それはリインカネーション (生まれ変わり)を認めるものであった。
新訳と旧訳聖書は、東ローマ皇帝ユスティニアヌスが西暦553年にリインカネーションを異端として否定した後のものしか現存せず、
ユスティニアヌス帝により改ざんされた可能性が強いとする。
ただこの考えはオーソドックスのキリスト教の教えには反している。

体外離脱の世界
http://www.geocities.jp/taidatsu/kanren_007.htm









エドガー・ケイシーは、1877年から1945年アメリカのケンタッキー州ホプキンズビルで生まれ、20世紀最高の予言者と言われます。
23歳の時に自分ののどをリーティングで呼ばれる心霊療法で治したのきっかけに、人々の病を癒して行きました。やがてケイシーはリーディングを予言にも用いるようになり、現在も1万4千件のリーディングが保存管理されています。その多くの予言の中に人類の終末の姿を次のように伝えてるものがあります。「太陽の活動が不安定になり、昼も夜も区別が付かない時代がやってきます。人類はそれを技術的に補おうとしますが、人類の力など、大宇宙の前には何の効力も発揮できません。」
この太陽がおかしくなるという予言は
「ヨハネの黙示録」、
「ノストラダムスの詩」
からも発見さています。ケイシーはこのようにもいます。
「アトランティス大陸の再浮上に続いて、地球的な大破壊が起こります。
それは断続的に起こり、アメリカの西海岸や東海岸の1部は水没し、ニューヨークは消えてしまうでしょう。
ヨーロッパの北半分でも大地が急激に変化します。
そして日本の大部分が海中に没するでしょう。
北極と南極で隆起が起こり、その結果、極地の移動が始まり、地軸が傾き、アメリカの大地は2つに裂けて大西洋と太平洋に飲みこまれるでしょう。」
ただしケイシーは、人類は21世紀前半に次々と襲って来る苦しみを乗り越え、その後は輝かしい次の時代を築きはじめると言っています。
「21世紀後半の地球には力強い再建が始まっています。
太陽の急な変化によって起こった地球の気象変動の影響を逃れようと、都市そのものが巨大なドームで覆われ、
環境は人工的にコントロールされています。
人々はガラス屋根の家で、快適な暮らしを営み、その表情は穏やかな微笑みで満たされています。
この時代には、雲の切れ間から神の栄光が再び現れるような時代になるでしょう。」

心&身魂のアセンション
http://ascension.mikosi.com/








予知情報:小笠原諸島近海新島とEdgar Cayce
2013年11月20日水曜日16:49
Live Free or Die
(Before It's News)
今日11月20日、日本近海で新島が出現した。
Edgar Cayce の予言した『地球の変化』の徴候だろうか?そうであるなら、この地球は、素晴らしい地球に向かい進んでいる事になる。
天変地異説の主な情報源の1つに、「地軸が傾き、陸が海になり、海が陸になる」という言葉がある。この概念で考えるなら、地球外皮が最も弱いエリア、つまり、ニュージーランド、フィリピン、日本、アリューシャン列島、メキシコ、チリが形成する太平洋火山弧(the Ring of Fire)で最初の崩壊がおきる可能性はある。
動画より
質問者「地球の活動の変化はどれくらいで明らかになりますか?」
「南の海[南太平洋]で島の沈没あるいは新島出現がおき、ちょうどその裏側である地中海とエトナ(the Mediterranean, and the Etna area)のエリアで同じことがおきるなら、それが始まったということだろう。」。
質問者「あとどれぐらいでおきますか?」。
「これらが一時的な現象であると言う声はあるだろうが、徴候はすでに始まっている。」。

local pc











Edgar Cayce
南太平洋
・・「変動が明らかになり始めるのは南の海に何らかの状況の変化がはじめに現れたときである。そして、ほぼ反対の位置にある地中海やエトナ山などの地域に明らかな隆起、陥没が起こる。そうなれば、私たちは変動の始まったことを知るであろう。」
大西洋
・・「太平洋と同様に大西洋にも陸地が現れてくる。そして、ポセイディアがアトランティス大陸の最初の部分として再び浮上してくる。それは1968年か、1969年に予期されている。それほど遠い先のことではない。」
 太平洋
・・「陸地が現れてくる。日本の大部分は海の中に沈んでいくに違いない。」
 ヨーロッパ
・・「ヨーロッパの北部はあっという間に変わるであろう。現在戦場となっている多くの場所が大洋となり、海となり、湾となるだろう。地上では新しい秩序の元に相互の取引が営まれるだろう。」
アメリカ
・・「大小の物理的変動が国中に起こるだろう。特に大きな変動は北大西洋海岸線に起きるだろう。ニューヨーク州、コネチカット州などの近辺に注目すべきである。東部海岸の多くの地域、また西部海岸の多くの地域、そして合衆国の中央部などにも変動が現れるだろう。ロサンゼルス、サンフランシスコなどはニューヨークよりも早く、そのほとんどが破壊されるだろう。主にニューヨーク州の現在の東海岸、あるいはニューヨーク市全体が消滅していくであろう。しかし、このことが実際に起こるのは次の時代であろう。それよりももっと早く起こるのはカリフォルニア州、ジョージア州の南部が消滅することである。」
北極と南極
・・「南極には大変動が起こり、そのために熱帯地域の火山が爆発するであろう。そこで両極が移動し、寒帯か亜熱帯であった所が熱帯となり、コケやシダ類が生えるようになるだろう。」
 海峡
・・「この期間を通じて争いが起こるだろう。デイビス海峡付近に注目せよ。そこには陸への生命線を確保しておこうという試みがなされるだろう。リビア、エジプト、シリアの争いに気をつけよ、
オーストラリアの上方地域を取り囲む海峡をめぐって不和が起きる。インド洋やペルシャ湾における争いである。」
全般的に
・・「地球上の多くの場所で分裂、破壊が起こるであろう。その初期にはアメリカ西海岸に物理的変化が見られるだろう。
グリーンランドの北部は氷が溶け、海が現れるだろう。新しい陸地が、乾いた土地が、カリブ海沖に現れるだろう。
南アメリカは上から下まで揺すぶられ、ティラ・デル・フィエゴ諸島の大西洋側に陸地と激しい流れの水路(海峡)が現れるだろう。」
 
大地震の予知と天変地異
http://eeien1234.dosugoi.net/e516309.html







予言情報:Edgar Cayce予言トップ10
Barracuda
Before It's News
http://beforeitsnews.com/prophecy/2012/11/top-10-edgar-cayce-prophecies-2443188.html
2012年11月20日火曜日14:35
Edgar Cayce予言トップ10
1. ヨーロッパの大部分は一瞬のうちに変わる。
2. 地軸が移動する。
3. 太陽が暗くなる。
4. ビミニ諸島沖でアトランティスの都市が見つかる。
5. アトランティスの記録が公開される。
6. 科学に霊/精神的現象の新しい分野ができる。
7. ゴビ砂漠で「金の都市」が発見される。
8. 米東海岸ニューヨーク市が消える。
9. 米西海岸は破壊される。
10. 相互理解の時代が来る。
第二次世界大戦が始まる時と1929年の株市場崩壊/大恐慌を予言した眠れる予言者Edgar Cayceの予言は、マヤカレンダーの終わり2012年12月21日がちかづく今、その多くが実現している。
ヨーロッパの大部分、アメリカ東海岸、日本は海底にしずむのか。

local pc







2013年07月21日11:34
イタリア、ナポリのヴェスヴィオ火山がまた噴火した?
ネット上ではスリルを味わいたいのか。。。
ケーシーの予言の通りにヴェスヴィオ火山が噴火した、との噂が広まっています。本当かどうかは分かりませんが、イタリア、ナポリのヴェスヴィオ火山が噴火した、世の終わりだと騒いでいます。この火山は過去にも何回も噴火しています。
最近では1944年に噴火しました。特に17世紀以降は噴火のオンパレード。17世紀以降のヴェスヴィオ火山の噴火の歴史=1660年, 1682年, 1694年, 1698年, 1707年, 1737年, 1760年, 1767年, 1779年, 1794年, 1822年, 1834年, 1839年, 1850年, 1855年, 1861年, 1868年, 1872年, 1906年, 1926年, 1929年,1944年。。。そして2013年?
これだけ噴火が頻発しているのですから、今回、また噴火しても何ら驚くことではありませんね。すぐに予言者の言葉を信じて余計な心配をしたり、恐れることは、悪の存在を喜ばすだけ。。。
ただ、大噴火が起こると、山麓には人口が密集していますから多大な被害を被ることになるでしょう。イタリアは既に経済が破たん状態ですから、噴火による被害で財政はさらに厳しくなってしまうでしょう。もし実際に噴火しているとしても、大噴火にならないことを祈りま
それよりも、私個人の勘違い、或いは、思い込みかもしれませんが。。。最近、午後4時位に西に向かって散歩をしていると、太陽(夕陽)の位置がこれまでよりもちょっと北側に傾いているような気がしてならないのです。もちろん、夏の間は太陽は地球からは高い位置にありますから、他の季節よりは、夕陽が若干北側に傾いているように見えるのかもしれませんが。。。

日本や世界や宇宙の動向
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51892073.html






次はどの海域で島が浮上するのか。そして、どの大地が陥没するのか
「日本の新しい島」も海中から出てきました。
日本の領域であるということも興味深いですが、そうではなくとも、
・パキスタンでのクリスチャン追放活動の渦中で発生した大地震と共に海底から浮上した新たな島
 2013年09月25日
という記事以来、「新しい島の出現」というのは気にはなっている概念ではあります。
上の記事と、
・パキスタンの新しい島を見て、最近の海底の異変の場所を思い返してみました
 2013年09月26日
という記事で、最近2-3年の間に海に出現した「新しい島」と、海底での異変について、ある程度まとめていますが、
・2010年11月にインドネシアの海域
・2011年9月にロシアのクラスノダール地方の海域
・2013年1月にはドイツの沖合
に、新しい島が出現していますし、また、ほとんど観測されることがない海域でもそういうことが起きている可能性もあるかもしれません。
その一方では、ニューカレドニアの近くの海域に「地図上では存在している島」が、行ってみたら「なかった」ということもありました。ちょうど1年ほど前のことです。
あるいは、インド洋では、「たった数日の間に海底が何百メートルも上昇した可能性がある」ことを NOAA のデータが示唆していたりしたことを書いたこともありました。
こういうのをいろいろと見聞きしていると、今後、海でどんなことが起きても、すでにそれは異常でも不思議なことでもないというように思えてしまうような部分もあります。
あまり関係のあることではないでしょうが、小笠原諸島の近くにできた「新しい島」とパキスタンの新しい島の位置関係は次のようになります。小笠原諸島の近くの新しい島の正確な場所は、 FNN の報道の下の Google Map の引用がわかりやすいです。あくまで個人的にそう考えているだけですが、私が「時代の節目となる」と考えている 2015年になるまで、あと1年と少しとなってきました。その間にどんなことが起こるのかはわからないですが、確かに自然は変化しています。人間も変化していかなければ、いろいろな意味でついていけないのかもしれないです。

In Deep
http://oka-jp.seesaa.net/article/380797210.html





西之島(にしのしま)は、小笠原諸島の島(無人島)。1973年に付近の海底火山が噴火し、新島(西之島新島)が誕生、後に西之島と接合し、一体化した陸地となった。そのため、現在の「西之島」の呼称は、西之島新島とあわせた陸地全体を指す。行政区画は、東京都小笠原村。
座標 北緯27.24694度 東経140.87444度
面積 0.29 km2
最高標高 25 m
所在海域 太平洋(フィリピン海)
所属国・地域 日本(東京都)

wikipedia.org
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E4%B9%8B%E5%B3%B6







エドガー・ケイシー日本人への最後の警告  
誰も正視できないこの国の終末
五十嵐康彦・著  廣済堂  1990年刊
リーディングで明らかにされた転生の法則
「カルマ」とは仏教でいう「業」にほかならない。長く仏教的な考え方をベースにして生活してきた私たち日本人の多くは、日常的に意識しているかいないかの違いはあるにせよ、この“業(カルマ)”を信じている。
霊魂の転生-つまり「生まれ変わり」は、この業=カルマと密接に関連しており、このことは著名な丹波哲郎氏の霊界にまつわる話で、もはや私たち日本人の間では常識化しつつある。一方、キリスト教を信じる西洋人にとっては、「生まれ変わり」は異端の考え方なのだ。
ところで、エドガー・ケイシーの場合はどうか……。
1923年8月10日の午後、オハイオ州デイトンのホテルの一室でエドガー・ケイシーのリーディングが行なわれた。いつもと同じように、催眠状態に入った彼が妻ガートルードの質問に答え、秘書のグラディス・デービスが速記をした。その形には何の変化もなかった。しかしその内容は、目覚めた彼自身が大きなショックを受けるものであった。
  いつものように、グラディス・デービスが速記録を読み返すのを聞きながら、彼はしばし呆然とし、それが過ぎると強い恐怖感に襲われた。
  敬虔なプロテスタントで、年に一度は聖書を読み通すほど神を至上のものと信じてきた彼は、自分が気がつかないうちに悪魔の手先にされてしまったのではないかと疑ったのである。
 催眠中の彼は、至って冷静に、当然のことであるかのように「生まれ変わり」の事実を語っている。人間が地球上に生まれる前に“別の生”を持っていたこと、地球上に生を得てからも、人間は何度も生まれ変わりながら現在に至っていること-そんな荒唐無稽なことを考える人間は、当時のキリスト教徒には異端者としか考えられなかったはずだ。
  クリスチャンなら誰でも、父なる神が人の住むべき家を用意してくれるというキリストの約束を信じている。もちろんケイシーも、それを固く信じてきたのである。その自分が無意識の中で語っていることは、神に背き、悪魔に魂を売り渡したとしか言いようのないことだった。
  彼の混乱をよそに、このリーディングを依頼したアーサー・ラマーズは喜びで興奮していた。アーサーは印刷業を営む傍ら、心霊現象とか東洋の宗教を熱心に研究していた人物である。このリーディングをするために、わざわざケイシーをアラバマ州セルマから呼び寄せたのだ。
  自分の考えが間違っていなかったことを保証してくれたこのリーディングに、ついはしゃぎたくなる気持ちもわかろうというものだった。
  エドガー・ケイシーは、この時、生涯で最も大きな転回点にいたと言ってよいだろう。彼は何よりも、この場に背を向けて帰ってしまいたいという気持ちでいっぱいになったが、自分の知らないことは一切受け入れないというほど頑迷ではなかった。
 そんなことを言えば、そもそもフィジカル・リーディングでさえ、彼の確認しようのない分野のことであった。リーディングができるようになったのは“神の意志”によると考える以上、それぞれの時点ではどんなに“常識”に反するように感じられたとしても、謙虚な気持ちで受け止めるべきであるという結論を、彼は出していたのであった。
  このエドガー・ケイシーの大決心によって、われわれは、人類誕生の謎も、現代の人類が抱える危機をも知ることができたわけである。
 ところで、自分の前世を知ると何の役に立つのだろうか? 前世がどんなに良いものにせよ、逆にどんなに悪いものにせよ、もはや手の付けようがない以上、今さら知っても意味がないと思われて当然である。にもかかわらず2,500人以上の人々がリーディングを依頼し、ほとんどの人がそこから何ものかを得、その後の人生をより良いものにしようとしたのであった。
リーディングによれば、すべての人間は、利己的な心を捨て、自分より不幸な人を助けたいという気持ちを持ち続けることによってのみ、自分の可能性をフルに開花させることかできるというのである。
リーディングが教えるカルマの法則とは
人間はなぜ平等ではないのだろうか? ある者は金持ちの家に生まれ、ある者は貧乏な家に生まれる。またある者は生まれつき才能に恵まれ、ある者は生まれついての身体障害に苦しむ。さらにある者は温かい家庭に恵まれ、ある者は生まれて間もなく家庭から放り出される。こうした不公平はなぜ起こるのか? しかも、それは、生まれてきた子ども本人にはなんの責任もなく、手の及ばないことではないのか。
人は誰でも固有の性格を持って生まれてくる。その性格は善悪が入り混じっており、物心がつかないようなごく小さい頃から、すでに性格的な特徴が出てくるものである。これらはみな、前世から引き継がれてくるからなのだ。これがカルマである。カルマは、行為の因果関係についての法則で、たとえば「汝が他者になせしごとく汝も他者からなされん」といったものである。リーディングはこれを平たく、「他人を牢に入れた者は自分も入ることになる。剣で他人を殺した者は自分も剣で殺される」と表現している。
「神はだまされない。人は蒔いた種は自ら刈りとらねばならない」
このキリストの言葉も、カルマの法則にほかならないのだ。リーディングは「どんな霊魂もそれぞれに特有のカルマ的パターンを持っている」と言っている。人々は、どんな場合でも、自分が形作ってきたカルマ的パターンの中で生きている。さらに、家族、友人、民族、さらには人類全体も、それぞれカルマ的パターンの中で生きているのである。リーディングでは、それが「他国に戦争を仕掛けた国は、他国から戦争を仕掛けられる」と述べられている。
カルマには2つのタイプがあり、それが人間としての誕生の際にもたらされる。一つは霊の心の内部の衝動で、肉体の外で宇宙的世界において体験したものから生まれてくる。もう一つの感情や情緒は、地上における生存の中で形作られたものである。ただし、地球上で人間の肉体に宿っているときの体験でなければ形を成さないから、結局は地上における生存だけが問題になる。
  人間のどのような考えも、言葉も、行動も、それは彼の基本の性格に付け加えられるとともに、彼自身のカルマ的パターンの一部になっていく。つまり、一つ一つの考え、一つ一つの行為が、現在の自分の性格を作るとともに、将来の自分を形作る材料になっていくのである。自分が現在置かれている環境は、実は過去の自分自身が作り出したものなのだ。逆に、今していることが、同じようなやり方で、将来いつの日にか、自分自身に返ってくるのである。
カルマは時の流れに沿って働くとは限らない
善いカルマもあれば悪いカルマもある。健康、才能、家族、友人、幸福などは善いカルマであり、病気、貧乏、不運、身体障害などは悪いカルマである。人間は、自分にとって都合のよいカルマは「当然の権利」だと考えるものである。しかし、悪いカルマにあうと、とたんに憤慨することになる。そのカルマを生み出したのが、ほかならぬ自分だということに気づかないからだ。すべての結果には原因がある。もし、人が現在の自分の考えや行為は、前世の代償を払わされているのだと感じたとしたら、カルマの法則に諦めを感しるのではなく、将来(来世)のために正しい生き方をしようという勇気が湧いてくるに違いない。カルマの法則の目的は、モラルを高め、精神的な成長を助けることにあるのだ。人間は、自分が行なう選択や決断のたびに、自分自身の新しいカルマを作り出している。その反作用は、時にはすぐやってくることもあるが、多くの場合、何年も何十年も経ってからやってきたり、生まれ変わった後の次の人生でやってきたりする。悪いカルマの中には、借金を背負い込むこと、生まれつきの身体障害、多くの不幸に見舞われることなどがある。これらは、前世でその人が何らかの悪をなした結果として生まれてくるのだ。そしてこの悪いカルマは、その人か償うか、その背後にある悪いきっかけが除かれない限りは、何回生まれ変わりを繰り返しても消えることはない。カルマの法則の働きは、必ずしも時計の針のように時間の順序で働くとは限らず、いくつも後の人生において結果が現れることもあるというのは、その霊魂が、それにぶつかるべき条件が整った時を待つということがあるからである。霊魂がグループとして一つのカルマを共有している場合や、他の霊魂との関係がカルマとなっている場合など、条件が揃うのにはたいへんな時間を要するが、それでも状況設定は正確になされていく。人種、宗教なども、生まれ変わりの中で変化することがある(また、性も変化することがある。たとえば、極端な黒人差別主義者が、その前世では南部の奴隷であり、次には白人に対する憎悪の強い黒人に生まれ変わったという例がある。彼はその時々ではきわめて真面目なつもりでいるのだが、その経緯を知ったとしたら、自分の行為が恥ずかしくてたまらないだろう。こうしてみると、性、人種、宗教のいすれに対する偏見も、愚かなものであるということがわかろう。
 カルマの法則は変えられぬ“宿命”ではない
長期的な視点で見た場合、本当はカルマには“悪いカルマ”というものは一つもない。すべてが“善いカルマ”である。というのは、カルマの法則の目的は、人間の悪業を懲らしめることにあるのではなく、人間の精神的な成長を助けることにあるからだ。
  したがって、現在、どのように悪いカルマを抱えているように感じられたとしても、それでくじけるようなことがあってはならない。忍耐、親切、理解、献身、勤勉、寛大さ、思いやり、明るさなどといった精神的美徳によって、善いカルマを増やしていくことが大切である。
 世界には、希望を失い暗い気持ちで生きている人々がたくさんいる。その原因が物質的なものであろうが精神的なものであろうが、われわれは彼らが求めているものから目をそらすべきではない。われわれは人類という兄弟の保護者なのだというのが、ケイシーによるリーディングの教えである。
  他人の重荷を分かち合い、悪いことを正そうとすることは、ただ他人のために善いことをしているというだけではない。同時に、自分のためにも善いカルマを作っているのである。すべての人間がこの考えに従って生きていけば、それは、よりよい世界を作ることにつながるはずである。
 悪いカルマを取り除くとか、善いカルマを作るという考え方は、カルマが宿命的なものではないことを示している。カルマは“生きる条件”を作り出しはするが、そこから自分に相応しいものを選択して行動に移すのは人間の意志である。その意志の力によって、その霊魂が前世で作り出したカルマ的パターンも変えることができるのだ。
 よりよい人生や、よりよい世界を求めて努力をしている人間にとっては、転生(生まれ変わり)やカルマの法則は、決して諦めをもたらすものではないというのは、このような理由による。カルマは常に、人生と世界のあり方に新しい希望を与え、新しい理解の仕方を教えてくれるものなのである。
 神は常に人類に救いの手を伸ばしている
エドガー・ケイシーが催眠状態に入って語ったことを“リーディング(Reading)”と呼んだのはけっして偶然ではなかった。彼はリーディングの中で、「父」なる神が「心の子たちI(霊魂)を作り出したとき、この姿を持たない「心の子たち」の個々の考えや行動は、彼ら自身の心の中に記録されていったが、それだけではなく、時間と空間の織りなす四次元の世界にも記録されることになったと述べている。そこにはまた、この「心の子たち」に関係することなら何でも、もれなく記録されている。これが「アカシック・レコード」と呼ばれているものだ。この記録は文字が用いられているわけではなく、霊魂たちの共通の「記憶」として、無数の情報が蓄積されている状態を言うのである。何か“もの”に書き込まれているわけではないから、紛失するようなこともないわけである。
  人間が考えたり行なったりしたことはすべて、このような意味で「記録」され、永久に保存されるのである。この記録を、エドガー・ケイシーは透視的に「読む」ことができたのであった。この「読む」という言葉から、象徴的に“リーディング”と呼ばれたわけである。
  そして、この記録を読めるかどうかは、もっぱら、その読み手の能力にかかっている。この記録は、文字が用いられていないだけではない。言葉さえ用いられてはいない。ある意味で共通語である“イメージ”のようなものが用いられているのである。
 だからこそ、医学の知識もイタリア語の素養もなかったエドガー・ケイシーが、イタリア人の患者に対してはイタリア語で、医学用語を駆使しながらフィジカル・リーディングをやってのけるということもできたのである。また、そのために、そのときのエドガー・ケイシーの体調がかんばしくない場合など、情報を性格に読み取れなかったり、表現し切れなかったりということがあったのである。
  エドガー・ケイシーは言っている。
  「この記録は、各人の生命的実体(霊魂)が忍耐をもって時間と空間の中に書き記したものである。やがて自己が永遠なる存在(神)と同調一致できた時に開かれるのである。そして、この神の意識に同調することができた人たちにも、それは読み取ることができる」
  また、アカシック・レコードにより未来を知ることも可能になる。なぜなら、すべての時間は一つであり、過去・現在・未来は一体であるからである。
 人生は霊魂の成長のためにある
  エドガー・ケイシーは、リーディングの中で繰り返し主張した。
  「永遠なる法則である根本法則は、蒔いた種はいつか必ず刈り取らねばならないということである」
 これが、霊魂の不滅性とカルマの法則について述べたものであることは明らかだ。実は、この2つは同じ金貨の裏と表の関係にあるのだ。そもそも、霊魂が有限なものだとしたらカルマの法則は意味を持たないし、カルマの法則が成り立たないのなら霊魂の不滅性はあり得ないことになる。
  そしてこれは当然のことだが、この法則は、現世ばかりでなく、前世や来世にも当てはまるのである。なぜなら、現世は前世の“結果”であると同時に、来世の“原因”でもあるからなのだ。
  さらに、人生の本当の目的は次のようなものだと、彼は言う。
  「人間の生きる目的は、自分自身の心を完璧な一つの『全体(the whole)』と協調できる高さにまで高め、進化させることにある。そして、そうなった段階は、同時に自己の独立した個体性を認識している状態でもある」
  人間の運命とは、自分の創造者と一つのものになり、創造者の同伴者としてふさわしい存在になることである。そうなることは可能であり望ましいばかりでなく、いくら時間がかかってもそうならなければならないのだ。
  永遠の世界に通じることで、人間の有限の力も最後には「全体(the whole)=宇宙」の力と一つになることかできる。
  ここに至って初めて、霊魂もカルマの法則から解放されるのである。
  しかし、このような完全に近い状態に達するまでには、肉体を持った人間としての生まれ変わりを、少なくとも30-50回は繰り返すことになる。その生まれ変わりによって、人間は進化の過程を検証するのである。
 人間の最終目的は何なのか
 このように、成長・進化によって「霊魂」そのものになった人間は、再び創造者と同一化することが可能になる。人類の兄たるイエスが教えたのも、そういう道であったのだ。彼も、さまざまな欲望を持ち、誘惑に陥る人間としての生まれ変わりを経て、肉体的にも精神的にも、また霊的にも救世主になり、それによって自分は創造者とは別のものでありなから、その心と意図は同一化するに至ったのであった。
  神である「父」や「母」と同一化するのには、霊魂は自分が創造されたときと同じように、完全な状態に戻る必要がある。そのときより知識も豊富になっているはずであるが、それでも同じ状態に戻らねばならないのである。
  ただし、これは、霊魂が自分の個性を失うことを意味するものではない。「同一化」と言っても、人間は、それぞれ独自の個性、自由意思、理性を持ち続けるのである。
  しかし、これらの性質は神の意志と協調するものでなければならない。霊魂は他の霊魂とともにほぼ完全な調和を保ちながら「全体(the whole)」の一部として存在しながらも、独立した別個の存在として、自分の個性にも気づいているのである。
  そのように高度に進化した霊魂は、創造の知恵と力を備えており、その意味でも神と同一比している。したがって地上や他のどこにおいても兄弟たちの霊魂を導くことができ、中には自らの選択によって、そのような指導を目的として地上の人間として戻ってくるものもある。
  どんな道を辿ろうが、人間は、最終的には自分の根源=「父」や「母」なる神のもとへ戻らねばならない。それが最終ゴールであり、その過程の中には、すべての人々に、より気高い存在のし方を教えるものが示されている。
  人間の法則とは、結局のところ、神の法則と一致しているのだ。
  成長の過程は遅々としているように感じられるかもしれないが、少しずつ神の光に向かって上っていくものであり、よりよい世界になっていくことは確かである。
  人間は、しばしばつまずいたり後退したりもする。地球が検証の場として作られたものである以上、やむを得ない面もあるだろう。
  だが、いずれにせよ自分のうちなる火花に導かれて、一歩一歩、闇から光に向かっていることは、信じなければならない。
★ なわ・ふみひと の ひとくち解説 ★
 この本が出版されたのは今から30年以上も前のことになります。当時は、『ノストラダムスの大予言』が話題になっていました。「1999年7の月」に地球に何かが起こる、ということで、「1998年に日本が沈没するだろう」というエドガー・ケイシーの予言も、終末に関係する予言として真実味を帯びていました。
 私のようにさまざまな予言の解説書を読みあさっていた人間にとっては、エドガー・ケイシーは教祖的存在でした。当時は、この世界がどうなるのか、日本はどうなるのか、人類は滅びるのか……といったことが話題の中心でしたので、私自身もこの種の本はそのような観点から読んでいたのですが、今になって読み返してみますと、人生で最も大切なカルマの法則についてもしっかりと述べられていました。1998年の日本沈没を予言したケイシーの予言は外れましたので、そろそろこの本も処分しようと思ってさっと読み直してみましたら、本当に読むべき内容がちゃんと書かれていたというわけです。
 すでに当サイトや拙著『2012年の黙示録』(たま出版)で述べてきた内容ではありますが、「あのケイシーも同じことを言っていた」ということで、当サイトに収録することにいたしました。大切なポイントは赤い文字に変えて強調しておきました。ケイシーの予言も、2012年の予言も外れてしまいましたが、今が終末の時代であるという認識は変わりません。何度も読み返していただきたい内容としてお勧めします。

なわ・ふみひと
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/library516.html







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posted by datasea at 02:53| Comment(0) | % エドガーケーシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする