宮川まなぶ大喜利: 菊池桃子が再婚相手のキャッシュレス経済推進委員会・経済産業政策局長の夫におバカな提案をしたとしたら??(^^)


宮川まなぶ大喜利: 菊池桃子が再婚相手のキャッシュレス経済推進委員会・経済産業政策局長の夫におバカな提案をしたとしたら??(^^)
宮川まなぶのパカパカ天国・菊池桃子大喜利
2019.11.9
1995年に五月みどりさんの息子であるプロゴルファーの西川徹さんと結婚したが,2012年に離婚。一億総活躍国民会議の民間議員を務めるなど政治に縁のある菊池さん。経済産業政策局長・キャッシュレス経済推進委員会の政治家と再婚した菊池桃子さん。夫に提案しているトンチンカンな日本の内閣制度は何でしょうか? それをみんなで考えましょう。
例えば
「お札のイラストをカワイイ果物に変えちゃうのはどう?桃子です♪」
例えばラジオネーム・チキンでコケッコーさん
「国会議事堂をイルミネーションで飾りつけしてみようよ♪桃子です♪」
この方,菊池桃子のキャラクター掴んでいらっしゃるようなので,ラジオネームチキンでコケッコーさんに番組ステッカーを差し上げましょう!そういうお題ガンガン送ってちょうだい!大喜利の大賞に選ばれた人には番組オリジナルのシャツプレゼント!ライオンに首噛まれた松島トモ子じゃないよ!全然違うよ!パイナップルプリンセスないよ最後の2文字しか合ってないよ!じゃなくて菊池桃子ですよ!
ラジオネームグレート大島。
「香川県て,自分たちで"うどん県"って言ってるから"うどん県"にしてあげてよ♪桃子です♪」
ステッカー一枚!ラジオネーム・スペースポリマー。
「離婚したゴルファーは国外追放にしてよ♪桃子です♪」
私を捨てた人は許さない。法制化してしまうっていう(笑)。決まりでもなんでもないですよね。ちなみに持ちギャグみたいにしてるけど本人は「桃子です♪」は言いません。
愛知県名古屋市ラジオネーム・足の裏クサ子さんからの作品。
「鼻クソを食べると健康に良いって広めて,人前で食べても恥ずかしくないようにしようよ♪桃子です♪」
(笑)ちょっと面白かったのでステッカー差し上げます♪まだまだ募集中どんどん送ってちょうだい!
ラジオネーム・日本の海。
「"ラムネ"という商品名を改名して"ラムー・ネ"にして消費拡大を狙うおうよ♪桃子です♪」
ラジオネーム・大阪サカス。
「グローバル化社会に向けて,日本語を禁止してみたらどうかな♪ピーチ子です♪」(爆)
「ラグビーは前にボールを投げても良いことにすれば,みんなもっと楽しめるんじゃないかな♪ 桃子です♪」(爆p)
本日の大賞を発表いたしましょう。大賞に選ばれたのはラジオネーム・足の裏クサ子さん!作品は
「鼻クソを食べると健康に良いって広めて,人前で食べても恥ずかしくないようにしようよ♪桃子です♪」です!DESOちゃんがプリントされた DESOちゃんT シャツプレゼント!おめでとサーン!
ー宮川まなぶのパカパカ天国,TBSラジオ,2019.11

TBSラジオ
deso@tbs.co.jp




憧れのアイドル・菊池桃子を部下にさらわれたある大臣の悲哀
NEWSポストセブン
2019年11月10日 16:00
組み合わせの意外さという意味では、「小泉進次郎&滝川クリステル」より驚きがあった。女優の菊池桃子(51)が11月4日、「一般男性」との再婚を発表した。
そのお相手が経産省の新原浩朗(にいはらひろあき)・経済産業政策局長(60)とわかると、世耕弘成・自民党参院幹事長は「(新原氏の)結婚を聞くこと自体大変な驚きだが、相手を聞いてその1000倍くらい驚いた」と語り、甘利明・元経済再生担当相もツイッターで〈我等のアイドルが野蛮人(笑)の手に〉とつぶやくほど衝撃が広がった。
新原局長は報道陣の取材に応じ、「私は特段ルックスが良いわけでもないのに(中略)妻は私と一緒に生活をしたいと言ってくれました」などと語った。
菊池のデビュー映画『パンツの穴』が公開された1984年に、新原氏は旧通産省に入省。2015年に発足した安倍首相の私的諮問機関「1億総活躍国民会議」で菊池が民間議員を務め、新原氏が事務方だったことが出会いとなり、2016年の会議終了後に「フォローアップの状況説明」を続けるうちに意気投合し、今年に入って交際をはじめたという。菊池については民間議員になるまで「彼女の活動は知らなかったんです」と語っている。
政界からも祝福の声が上がった永遠のアイドルとエリート官僚の熟年結婚だが、なぜか2人の恋のキューピッドであったはずの“ある大臣”からは祝福の声が聞こえてこない。経産省関係者が言う。
「2人を繋いだのは加藤勝信・厚労大臣だと言われています。出会いの場となった会議のメンバーに菊池が抜擢されたのは、当時1億総活躍担当相だった加藤氏が菊池のファンで、猛プッシュがあったと聞いています。その加藤氏は官房副長官時代から事務方の新原氏と関係が深まり、1億総活躍担当相になってからも1億総活躍国民会議を取り仕切ったのは新原氏だった。
 本来、こうした会議で参加者と事務方が親しくなるタイミングはありませんが、まさか新原氏が菊池を射止めるほどの“豪腕”を発揮するとは加藤氏も予想していなかったのでは」
祝福のコメントなどを加藤事務所に求めたが、「多忙のため対応できない」と冷たい返事。一言くらい祝ってあげてもいいのに……。もしかして“憧れのアイドル”を“部下”にさらわれたことに怒っているのかな?
※週刊ポスト2019年11月22日号

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2019年11月13日

レイブラッドベリ: 火星年代記〜2005年の火星の孤独な砂金工(1950)

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レイブラッドベリ: 火星年代記〜2005年の火星の孤独な砂金工(1950)
火星年代記について
小笠原豊樹
レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)の「火星年代記」は1950年4月に初版がダブルデイ社から出版されて,それ以降版を重ねるたびに多くの賞賛と愛着を集めて,既にアメリカ SF 界の古典的名作となった小説である。
著者ブラッドベリは1920年にイリノイ州で生まれて1940年頃から文筆の世界に入って,1947年にオーヘンリー賞を受賞してからは,アメリカ文学会の異色作家として広く国際的にも知られるようになった。その多くの短編・長編・児童文学などはイギリス・ヨーロッパ各国・ソビエトにまで翻訳紹介されて無数のブラッドベリ・ファンを生み出している。
「火星年代記」は13の短編をさらに短い詩的な散文でつないだ連鎖小説ともいうべき形をとっていて,それぞれの独立した短編が有機的に関連して一つの長編を形作っている,という点でシャーウッドアンダーソンの「ワインズバーグ・オハイオ」などに似ているけれども,ブラックベリーの舞台はアンダーソンよりもはるかに壮大であって,宇宙時代にふさわしいスケールと人間心理の飛躍を取り扱っている。
舞台は20世紀末1999年の冬。地球から初の火星探査隊が出発する。最初の探検隊は二人の男だけで,到着と同時に極度にテレパシーの発達した嫉妬深い火星人の男に殺される。
同年夏,第二の探検隊が派遣。四人の男からなる探検隊で,火星の精神病医師に狂人と判断されて射殺される。
翌年の春,さらに大規模な第三の探検隊が火星に派遣されて到着するが,この頃までに地球人の植民地政策を悟った火星人たちの巧妙な罠にかかってやはり全員死亡する。
そして翌年第四の探検隊が重い警戒体制を固めて乗り込んだ時に,思いがけなくも火星人たちは地球人が持ち込んだ水疱症が原因でほとんど絶滅してしまう。その時から地球人の移住が始まって,火星の至る所に植民地が建設される。パイオニアたちの喜びと自負。数少ない生き残りの火星人との奇妙な精神的な交流。
しかし問題はむしろ古い地球の機構やしきたりや文化的無知がそのまま火星に持ち込まれたことであった。
眉をひそめさせるようなバンダリズムが新しい植民地に蔓延していく。。
それがほとんど頂点に達した2005年,突如として地球に核戦争が勃発。地球人の植民者達は先を争って地球へ帰りそれから20年。地球と火星との接触が絶えた火星は無人の星に戻り植民地の残骸が虚しく風雨にさらされる。
そして2026年10月。地球の文明に愛想を尽かした大家族が改めて火星移住者の第一号となる。。
ーレイブラッドベリ「火星年代記」,ハヤカワ文庫NV,1950年初版

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2005年11月
。。死んだ火星の海のへりに小さな白い沈黙した町があった。町は空っぽであった。動く人影もなかった。軒を並べた店々の中で一日中寂しい明かりが燃えていた。。
店のドアというドアはまるで鍵をかけずに人々が飛び出して行ってしまったようにあけっぱなしになっていた。
一月前に銀色のロケットに積んで地球から持って来られた雑誌類が,静まり返ったドラッグストアの店先の針金を張った売台の上で,茶色っぽく日に焼けてパタパタと風にはためいていた。
その町は死んでいた。家の中のベッドは空っぽで冷たくなっていた。聞こえる物音といえば未だに一人で勝手に動いている電線や発電機を流れる電気の唸りだけであった。
忘れられた浴槽に水が流れ込んで,居間やポーチに溢れ出て,そこから小さな庭に流れていって,手入れしてくれる人もない草花を養っていた。
暗い劇場の中ではたくさんの座席の下にくっついたガムが歯型を残したまま固まり始めていた。
町の向こうにロケット空港があった。
最後のロケットが地球に向けて飛び立っていった頃には,まだ激しい焦げたような匂いが漂っていた。
貸望遠鏡に20セント硬貨を入れて地球に向けてみたみたならば,そこに大戦争が起こっているのを見ることもできるだろう。
ちょっとしたら,ニューヨークが爆破されるところも見えるだろう。新しい種類の霧に覆われたロンドンも見えるかもしれない。そうすればなぜこの小さな火星の町が無人と化したかもわかってくるだろう。。
人々が引き上げた時。その引き上げ方はどれだけ早かっただろうか。試しにどの店でもいいから中に あるレジのキーを叩いてみればいい。現金の入った引き出しがピカピカ光った硬貨をジャラジャラ言わせてぴょこんと飛び出てくるだろう。。
地球のあの戦争はとても激しいに違いない。。
この街の人通りの絶えた街路を,低く口笛を吹きながら,一心不乱に空き瓶を蹴飛ばしながら,背の高い痩せぎすの男が歩いてきた。その瞳は暗い静かな孤独の色を輝かせていた。
男は骨ばった両手をポケットに突っ込んで,真新しい10セント硬貨をチャリンチャリン鳴らしていた。時おり10セント硬貨を地面に投げた。投げながら穏やかな笑い声を上げてまた歩き続けた。そしてところきらわずピカピカ光る硬貨を撒き散らしていた。
男の名前はWalter Grip。蒼い火星の 深い山奥に,砂金鉱山の丸太小屋を持っていて,2週間に1回,物静かで聡明な結婚相手を探しに町へ降りてくるのは習慣であった。しかしもう何年もの間,いつも一人ぼっちで,がっかりしながら丸太小屋に帰るのであった。
そして2週間前,町に来てみると今言ったような状態になっていたのである。町に降りてきたGripは本当にびっくり仰天してしまったが,ーとりあえず一軒の軽食堂に駆け寄って,開き戸を開け放つと,三つ重ねのビーフサンドイッチを注文した。「はい!只今お持ちします!」と自分で応えたGripはタオルを手にかけた。Gripは肉と前日焼いたばかりのパンを並べてテーブルの塵を払うと,自分自身を席に案内して食事を積み込んだ。
次にソーダ水売場を見つけ出して 炭酸ソーダを注文した。そこの主人もGripという名前で,びっくりするほど丁重ですぐさまソーダ水を作ってくれた。
Gripは自分の作業ズボンにお金を手当たり次第に詰め込んだ。
それから子供用の乳母車に20ドル紙幣を積み込んで街の中をすたこらさっさと走った。
Gripは不意に自分が何という阿呆であるかということに気がついた。お金なんか必要ないのである。
Gripは10ドル紙幣を元の場所まで持って帰ってサンドイッチの代金として自分の財布から10ドル出して,軽食堂のレジの金庫に入れて,25セント硬貨まで添えた。
その夜は熱いトルコ風呂に入って,美味しいキノコを下に敷いた脂の多いフィレ肉と輸入品の辛口のシェリー,ぶどう酢漬けのイチゴを食べた。
そして新しい青いフラノの揃いの背広を着込んで,ひょろ長い頭に高価な灰色のハンブルグ帽子を変な格好にちょいと乗せた。
Gripはジュークボックスに硬貨を入れて「私の古いお友達」という曲をかけた。町中の10〜20台のジュークボックスに全部,白い25セント銅貨を投げこんだ。
その夜,寂しい街路に「私の古いお友達」の悲しいメロディーが満ち溢れ,その中に,細長いひとりぼっちのGripは新しい靴を はいて冷たい両手をポケットに突っ込んで歩いたのであった。。
ーレイブラッドベリ「火星年代記」,ハヤカワ文庫NV,1950年初版

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2019年11月12日

[心象風景] Matthew Woodson

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[心象風景] Matthew Woodson
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2019年11月11日

ジョイタ号事件〜忽然と姿を消した船


ジョイタ号事件〜忽然と姿を消した船
異次元に広がる超文明世界の謎
2009/2/10(火) 午後 6:15
異次元・亜空間 その他自然科
宇宙は多次元です。幾層もの多数の現実があなたがたと同じ空間を共有しており、あなたがたの3次元世界における活動に影響を与えています。
異次元存在は、何らかの意図の下、物質世界の人類の歴史に介入することで、太古の時代より、人類を操作し続けている…地球は目に見えない並行宇宙(パラレルワールド)に向かって開かれる無数の窓で覆われていた。
UFOも異星人もこの見えざる次元の窓を通って、我々の物質世界にやってくることを明らかにした画期的な書。
アメリカ当局は、UFO現象の起源が異次元世界にあることを熟知しており、異次元テクノロジーとしての瞬間移動(テレポーテーション)、時空移動(タイムワープ)の技術を確立しようと躍起になっている。――それが超地球的な意識を持つUFOと異次元テクノロジーを巡る軍事機密である。
信じようと信じまいとUFO現象は確実に実在する!それもかなり深刻なレベルでだ。「何か」が空を飛び、地上に降り立って、その痕跡を残すのだ。
「彼ら」は太古の昔より、その時代時代の人類の状態に合わせた姿で現れる。古代には「天より舞い降りた神々」として、そして現代では「宇宙船に乗った何処かの星の住人」として現れる。しかし中身は一緒なのだ。
そして、そのときの人類の好奇心に大きな刺激を与えて「彼らが意図する何らかの目的」のために、密かに人類を誘導しているのである。
その向かう先にはいかなる未来が待ち受けているのであろうか…果たしてそれは友好的な宇宙人とコンタクトしたと主張している、多くのUFOコンタクティーたちやチャネラーたちが語るような、宇宙パラダイスなのだろうか…?
UFO現象は「どこかの星の高度な文明人が宇宙船に乗って哀れな地球を助けに来た」などという単純な物語で語れるものではない。では…その正体は?彼らの目的とは?
既に欧米では、従来までの偏ったUFO観(あまりにも単純な異星人宇宙船説)を見直そうという動きが活発化している。
現在では、遠隔透視に関する研究やヘミシンクなどの体外離脱研究、更には異次元の理解(今話題の5次元の理論)などが加わり、UFO現象が異次元起源であることを例証する材料には事欠かなくなっているが、それは本書に登場する先人たちが命がけで探求し明らかにした賜物であることは、忘れてはならないだろう。
今でこそ当たり前だが、1950年代には、こうしたUFO論を説くことが、どれだけ勇気がいることだったか、今日のUFO研究者には想像もつかないことだろう。
未だにわが国では、あいも変わらず「はるか彼方の何処かの星からやってきた」という旧態依然の宇宙人観が、街行く人々の脳裏に闊歩しているのだ…。
・遠隔透視者マクモニーグル氏が透視した恐怖の人間消滅事件
日本でも超能力捜査番組で有名な彼だが、現役時代に透視した恐怖の一つにこのような話がある。
1981年(昭和56年)のことである。南米アルゼンチンのサン・マティアス湾で、異常な事件が起きた。
アルゼンチンの軍艦が航海中に、何らかの異常事態に遭遇して、乗組員全員が忽然と姿を消したのである。
漂流している軍艦を発見した捜索隊は、直ちに艦内に乗り込んだ。
しかし、乗組員たちの姿は何処にも無く、船体にも異常らしい異常は見られない。
事件発生の直前まで、乗組員たちは普段どおりの生活をおくっていたらしい。
要するに、何らかの異常事態が突然に起きて、乗組員たちは何もかも放り出して消えてしまったのだ。
だが、一体何が起きたのか全く見当がつかない。
事件は懸命な捜索と、科学的な原因究明も実らずに、そのまま迷宮入りとなったのである。
事件から2年後のことである。アルゼンチンで起きた軍艦乗組員失踪事件に、興味を持った軍人がたちがいた。
アメリカ陸軍の遠隔透視能力者であるジョー・マクモニーグルは、透視の対象を知らされないまま、いつも通りに遠隔透視を始めた。
だが、その直後、マクモニーグルは激しいショックを受けた。
穏やかな海を航行中の軍艦が、何処からとも無く現れた、青みがかった正体不明の霧に襲われている!
あたかも目の前で、実際に起きているかのようなリアルな映像が、次々とマクモニーグルの目の前で広がっていく。
霧を出していたのは、SF映画に出てくるような宇宙船の形をした「謎の飛行物体」だった。
ホバークラフトのように、フワフワと軍艦の上に浮いている物体は、未知のエネルギーを軍艦に照射していた。
物体の正体を突き止めようと、さらに透視を始めたマクモニーグルは驚きの声を上げた。
なんと飛行物体は、異次元から進入してきた宇宙船だったのだ。
どうやら異次元世界から時空の壁を突き破って、我々の3次元世界へと侵入して来たようだった。
謎の飛行物体が軍艦を攻撃している印象を受けたマクモニーグルは、物体の操縦席に意識を向けた。
すると、なんとも冷酷な空気感が伝わってきた。
そのあまりの冷たさにマクモニーグルは戦慄した。
「彼ら」は人間的な感情の一切を持ち合わせていなかったのだ。
無機質・無感動で、ただ「目的」を淡々と実行する冷たさだけが伝わってきた。
その「冷たい視線」の先には狂気に陥って逃げ惑う乗組員たちの悲惨な姿があった。
目を覆うばかりの惨状に、マクモニーグルは絶句した。異次元エネルギーを浴びて発狂した乗組員たちは、叫び散らしながら次々に海へ飛び込んでいく。放射された未知のエネルギーは、極度に不快な気分をマクモニーグルにも催せた。
透視意識を乗組員たちの精神状態に合わせると、何もかもが狂っているという感覚が全身を覆い、マクモニーグルは正常な意識と判断力を失いそうになった。
やがて物体は、海に飛び込んだ乗組員たちに光線を浴びせて船内へ吸い上げると、何処かへ飛び去って行った。その物体が消えたとたん、マクモニーグルは正常な感覚を取り戻したが、目の前には穏やかな海に浮かぶ、乗組員のいない軍艦だけが静かに漂流していた。
透視実験の記録を読むと、マクモニーグルは透視中に見た謎の飛行物体を言い表すのに、適当な言葉が見つからず混乱している。
その当時も「UFOは何処かの星から来た宇宙人の宇宙船である」という固定観念が一般にあるせいか、マクモニーグルは透視中に見た物体が、我々と同じ3次元の物質世界に存在する宇宙船ではなかったことに戸惑いをを見せている。
「UFO」(物質世界の何処からか飛来した宇宙船の意味)という言葉を口にしかけて、慌てて「UFOとは違う!」(物質世界の宇宙船ではない)と言い直しているのだ。
その飛行物体は、異次元世界から飛来した「非物質性」のものであるから、マクモニーグルは「物質性の宇宙船」と言い切ってしまうのに大きな違和感を覚えたのである。
マクモニーグルの遠隔透視が正確なら、一般にUFO現象と呼ばれているものは、明らかに異次元(他次元)世界が関係した現象であり、我々と同じ物質世界に存在する異星人の乗り物というような、単純な存在ではないことは明らかだ。
遠隔透視部隊では、UFO現象も透視対象に含まれていたというから、マクモニーグルをはじめとする、第1級のリモートヴューアーたちの報告は、透視部隊を指揮し統括する軍や政府上層部、そして「UFOの起源」を研究する学者たちの目にとまらないはずがない。
・神隠しは異次元異星人の仕業!?
マクモニーグルは、アルゼンチンで起きた軍艦乗組員失踪事件を、異次元から飛来した異星人の犯行であると断言する。
これと同じような事件は、昔から世界各地で報告されている。
なかでも1955年(昭和30年)に起きたジョイタ号の事件は海上で起きた消滅事件として有名だ。
1955年11月、南太平洋のサモア諸島の洋上で、漂流している一隻の船が発見された。
確認したところ、この船は1ヶ月前にサモア独立国(当時の西サモア)の首都のアピアを出航したまま、プッツリと消息を絶っていたジョイタ号だった。
このジョイタ号は首都アピアから430キロ離れたトケラウ諸島に向かう途中で、忽然と姿を消したのだった。
発見時、全長が20メートルの船体は多少は傾いていたが、未だ十分に航海できる状態だった。
でも船内の様子は異様だった。
5名の乗組員と20名の乗客は、1人残らず消えていたが、持ち物はほとんどそのままに残されていて、外に持ち出された形跡は無かったのである。
生活用具も使われっぱなしのままであり、ついさっきまで、ごく普通に日常生活が営まれていたような状態だった。
どうやら何らかの異常事態が突然起きて、そこで時間が止められた感じなのである。
ジョイタ号事件は、背景には政治的な力が加わった犯罪事件であるとか、神隠しに違いないなど、いろいろな推理が出されたが、結局のところ真相は謎のまま迷宮入りとなった。
ところが事件から4年が過ぎたころ、事態は思わぬ展開を見せることとなった。
1959年(昭和34年)1月、ニュージーランドの海岸に漂着した1本のビンが「失われた時」の謎に1つの手がかりを与えたのである。
ビンの中にはメモが入っていたが、なんとそれはジョイタ号の乗組員が走り書きしたメモであった。
内容は異様なもので「奇妙な物体が我々を連れ去ろうとしている…」というものであった。
この手紙が事実であるとするならば、ジョイタ号はマクモニーグルが透視したアルゼンチンの消滅事件に手口が酷似している。
この時軍艦の乗組員たちは、異次元から現れたUFOのような物体によって連れ去られていたが、ジョイタ号の人々も「彼ら」によって連れ去られたのであろうか?

徒然ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/beautyhappinesshide/56918358.html
http://blogs.yahoo.co.jp/beautyhappinesshide/56926220.html





ジョイタ号事件の原型ともいえる事件が、メリー・セレステ号事件である。
この事件は海洋における最も古い神隠し事件として知られており、数々のホラーやオカルト小説・映画に影響を与えた事件です。
1872年(明治5年)12月5日、ポルトガルの東1000キロの太西洋上に浮かぶアゾレス諸島(当時ポルトガル領・現自治化)で、1隻の漂流船が発見された。
この船は1ヶ月前に出港したまま行方不明となっていた、メリー・セレステ号だった。長く漂流していたのにもかかわらず、船体の状態は良好だったが人のいる気配はない。
中に入った捜索隊は息をのんだ。
あたかも、ついさっきまで、ごく普通に日常生活がおくられていたような状態だったのだ。
食堂では、今まさに食べ始めようとしていた状態で料理が置かれており、いつものような毎日が、唐突に断ち切られたような感じだった。
おそらく乗員は失踪に繋がったと思われる異常事態が起こる直前まで、何事も無く生活をおくっていたのであろう。結局、メリー・セレステ号事件は迷宮入りとなり、未だに真相はわからずじまいのままだ。
著者は十数年前から、UFOは我々と同じ物質世界の存在している「他の惑星の異星人が乗った宇宙船」などではなくて、「異次元(他次元)世界に存在する知的生命体存在」であると確信してきた。
「彼ら」は、時空の壁を歪めて我々の物質世界に侵入し、宇宙船やその乗務員に物質化して活動を行っているのだ。
UFO研究家の多くは、月や火星には、遥か太古の時代の存在した高度な文明の痕跡が残っていると信じている。実際、月や火星の地表に見られる人工物らしき痕跡は、自然現象でこじつけるには説明が困難なものが多い。
遠隔透視者マクモニーグルは、任務の中で火星の地表にある建造物を透視する実験が存在したことを認めている。実際、透視結果はUFO研究家たちの情報と一致していたが、マクモニーグルは、これらの人工建造物と都市と見られる建造物群は既に廃墟化していると語っている。
そうすると、現在進行形で見られる発光現象や、人工的に変化しているとみられる地形や構造物の異常などは、放置された機械類が、未だに稼動していることになる。実際に、火星地表に見られる廃墟都市には、住人が住んでいるような形跡は感じられない。
「彼ら」は滅んだのでなく、当時抱えていた何らかの任務を終えて、元々の故郷である異次元世界に戻ったか、或いは肉体を必要としないまでに意識進化を遂げて、より高度な他次元世界へと移行していったのかもしれない。映画「惑星ソラリス」は、この問題を考える上で、大いに参考になる作品である。
「彼ら」は電磁波によるプラズマの発生を伴う何らかの過程を経て、この物質世界に異次元トンネルを空けている可能性もある。
「UFO=異次元説」が「UFO=他の惑星の異星人説」に圧倒されてしまうのは、UFOを研究している側の多くが、実際に月面や火星に存在する、圧倒的な物的証拠(廃墟都市や人工建造物)を前に、目が眩んでしまうからなのだ。
最も気がかりな事は、新たな時代に対応する任務が「彼ら」に出来れば、何らかの大規模工作を地球人類に対して展開するかもしれないということだ。今、確実に言えることは、『異次元存在である「彼ら」は遥か太古の時代よりUFO現象を通して人類の歴史を操作してきた』ということだ。
フランスのUFO研究家、エメ・ミシェルはUFOの出現パターンには、ある種の法則性があると指摘している。
UFOが現れる時期や時代、そして場所に大きな偏りがあるというのだ。異次元世界との連絡通路が大きく開いている時期と、そうでない時期とによって現れる頻度は違っている。
だがそれは「時間」というものに束縛されている地球人の側の視点であって、「時間」が存在しない異次元空間に住む「不死の存在」である彼らにしてみれば、そもそも時間が経過したという意識すら無いだろう。時の流れとともに変わったのは我々だけで、「彼ら」は数千年、ことによると数万年、何も変わらないのだ。
アメリカのUFO研究家ジョン・キールは、プロのライター時代に、ひょんなことからUFO問題に関わることになり、1960年代から1970年代にかけて全米をくまなく取材・調査したが、たどりついた結論は驚くべきものだった…中略…最終的にキールは、ある恐るべき結論に達してしまった。
それは、UFO現象とは、異次元に住む知的生命存在が、UFO現象を通して人々の前に現れて、人類に対して大規模なペテン工作を展開しているというものであった。しかも人類は、はるか太古の時代から現代に至るまで「連中」の繰り広げる「奇跡ショー」に惑わされ続けているのである。
「連中」はその時代の人類の文化形態に合わせた外見で現れる。古代の時代には「天空や地底の奥深くから現れる神々や悪魔」として恐れられ、現代では宇宙から飛来した自称「高度な異星人」として登場するのだ。
古代人たちは、神々や悪魔が引き起こす奇跡や災いに振り回され、現代人は宇宙船に乗った異星人に惑わされる。だがその行動は、常にどこか滑稽で人間に化け損ねた狐の尻尾よろしく、小さなミスやヘマをやらかす。キールが言わんとしているのはこうだ。
「連中」は物質化した宇宙船に乗った何処かの星の異星人になりすまして我々の前に現れる。
そして、あるときは墜落して見せたり、またあるときは宇宙船が故障したフリをして、人気の無い森や砂漠で、せっせと修理している姿を、たまたま通りかかった通行人に目撃させるのだ。
何故そんなことをするのかというと、UFOの正体は「何処かの星からやって来た異星人の乗った宇宙船」であるという信念を人類に植え付けるためだ。
「連中」は最終的に、この誤った信念を『人類全体の規模の一大信仰』へと高めようと画策しているのだ。キールは「連中」がUFO現象を通して、宇宙に進出しつつある地球人類の方向性を、意図的にコントロールしようとしているのではないか?と考えているようだ。
・UFOの正体は?イギリス空軍が到達した驚愕の結論
UFOが異次元起源であることを大っぴらに言い始めたのは、UFO研究家ではジョン・キールが最初であろう。
しかし、キールよりも10年近く前に、この結論に達していた者たちがいた。
それは以外にも、大英帝国の血を引いた紳士たちであった。
1950年のUFO情報で、アメリカにも見られない重要な情報は、当時からアメリカと密接なパートナーであったイギリスから発信されている。
1955年(昭和30年)4月24日、イギリス空軍はUFO現象に関する最終報告(この時代に最終報告である!)を行った。
空軍広報官は「イギリス空軍は、UFO現象の調査を一応終了したが、その結果は教えられない…」と発言したのであったが、何故教えられないのか?という質問に対し、「もしUFO現象の本質ついて話すと、更に多くの論争を招いてしまうだろうから、そうした混乱は避けたいのだ」という回答が返ってきた。
更に広報官は「ある秘密事項に触れること無しにUFO現象を適切に説明することが出来ない」と言って、そのまま沈黙した。
「正体」ではなく「本質」と証言したり、「ある秘密事項」と言ったり、果たしてイギリス空軍が辿り着いたUFOの真相とは、いかなるものなのだろうか?その謎を解く鍵は、この空軍発表直後に行われた、2人の空軍元帥(元帥とは大将の上の階級で軍人が辿り着ける最高位である)の発言の中に隠されていたのである。
サー・ヒュー・ダウディング元帥は、ナチス・ドイツからイギリス本土侵攻を食い止めた、イギリス本土防空戦の指揮官として知られる英雄だ。
頭脳明晰で知られる元帥は、イギリス空軍が戦中・戦後に集めたUFO情報や、その後の研究成果をもとに、卓越した分析力でUFO現象に取り組んでいたが、ある講演会の中でUFO問題について触れて、UFO現象の非物質性について語った。
元帥は「宇宙船に化けたUFOやその乗員が、目の前に現れたと思うと次の瞬間パッと消えて別の場所に現れたり。
醜悪な怪人が現れたかと思えばそれが次には人間そっくりに変身できる能力を持っていたりする」と語った。
そして「このように自由に形を変えて物質化できるUFO現象は、我々の物質世界(3次元世界)に起源を持つ存在ではない」という結論を述べたのである。
もう1人の大物、ヴィクター・ゴタード元帥もダウディング元帥と歩調を合わせて重大な発言を行っている。
ゴタード元帥は、当時空軍のUFO調査に直接関係していた人物だが、空軍の公式会見の翌月に、ロンドンで開かれた講演会の壇上で驚愕の発言を行った。
『UFOの操縦者のうちのあるものは、地球外の惑星の疑似物質的な住人であるとするのが常識的なのかもしれませんが、論理的には必ずしもそうでなければならないわけではありません。といいますのも、もしもUFOの実態が疑似物質的なもの…そしてその結果として普通は目に見えないもの…だとすれば、UFOは太陽系内の何処か他の物質的惑星…における産物よりも、物質的なわが地球と同じ空間を占める目に見えない世界(異次元の平行宇宙空間=パラレルワールド)における産物だとするほうが、もっともらしいはずだからであります。
…心霊現象からも証明されるように…その(異次元世界の)住人たちの中のある者が、支配と権力を例証したがっているのかもしれません。…多分かれらのテーゼの多くはある特殊な、恐らくは昔の化身についての妄想を広げる為、或いは長く続いてきて、今も続いている物質的進歩を促す技術的刺激をほしいままにする為、或いはそれが持つ魔性の故に、騙されやすい人を脅かして困らせるだけのために組み立てられているのであります』
イギリス貴族としての伝統的な教養を備えたゴダード卿は、心霊現象やオカルト、神話・伝説や民俗学にも造詣が深く、UFO現象の本質にいち早く気がついていた。ゴダード卿は、UFO現象は我々の世界に平行して存在している、パラレルワールドという平行宇宙(異次元世界)の住人が、古来より高貴な神々としてだけでなく、あるときには妖精や怪物にも変化して現れ、我々人類を翻弄し続けているという結論に達したのである。

徒然ブログ
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2019年11月10日

Justin Raimondo: 銀行家が戦争を起こす理由とその方法〜20世紀型戦争システムを考える

Justin Raimondo: 銀行家が戦争を起こす理由とその方法〜20世紀型戦争システムを考える
How and Why International Bankers Make War
The First President of the World
$$$$ Bankers Make War $$$$       
Included in BigEye's Federal Reserve Educational Archive.

The BigEye Blog
http://bigeye.com/bankers_make_war.htm

メモ帳
https://blogs.yahoo.co.jp/dojobzzzz/folder/1602487.html?m=lc&sv=%A5%A6%A5%A9%A1%BC%A5%D0%A1%BC%A5%B0&sk=1





(要約)
銀行家がを戦争を起こす理由とその方法
Justin Raimondo
■最初の世界大統領
1919年6月,第一次世界大戦戦勝国の代表と金融アドバイザーはパリに集まり今後のヨーロッパをどうするか話し合った。
ポール・ウォーバーグ代表はアメリカの,マックス・ウォーバーグ(Max Warburg)代表はドイツの利益を守るため交渉した。
ウィルソン(Woodrow Wilson)代表は環境問題について時間を裂いた。アメリカ上院議会,アメリカ国民がベルサイユ条約(Treaty of Versailles)の写しをとることをウィルソン大統領は禁じた。
ウィルソン(Woodrow Wilson)大統領は自分がアメリカ国民の代表として行った取引の内容をアメリカ国民には伝えなかった。
イギリス,フランス,ドイツの代表は政府と国民に情報を伝えた。アメリカだけが情報を伝えられず,そのことが逆に目立つ結果となった。
すべてのアメリカ人がそうだったわけではない。ニューヨーク市民で条約について情報を与えられた者もいた。
しかしアイダホ上院議員ボラー(Borah)氏が政府文書のリークから条約の内容を知った。
ジェイコブ・シフ(Jacob Schiff),
JPモルガン(J. P. Morgan),
ポール・ウォーバーグ(Paul Warburg),
フランク・バンダーリップ(Frank A. Vanderlip),
ヘンリーPデイヴィソン(Henry P. Davison),
トーマス・ラモント(Thomas Lamont)
は証言のためにアメリカ上院に召喚された。
デイヴィソンの「個人銀行家のコンソーシアム」とはクーンローブ,JPモルガン,ナショナルシティバンクとのコネクションだった。
ロンドンやフランクフルトにいた彼のパートナーもそうだった。
デイヴィソンは新しくできた銀行を連邦銀行としてひとつにまとめたかった。そうすることでヨーロッパが背負う借金をひとつにまとめたかった。
アメリカのお金は他国に貸し出されている。しかしアメリカ政府はプロセスからはじきだされ,個人銀行家が借金の利子を集めるだろう。
リバティボンドオーガニゼーション(the Liberty Bond organization )はこの計画を遂行するためのまたとない組織であった(第一次世界大戦時アメリカは資金調達のほとんどをこのリバティボンドオーガニゼーションから行なっていた。)。
ワシントンコントロールが外側で働くシステムならこのリバティボンドオーガニゼーションは内側で働くシステムというわけだ。
■「今やヨーロッパは一国とみなすべき」
JPモルガンやバンダリップの証言を読めばこの新規融資がどう組まれるかがわかる。
大戦前夜,アメリカ政府は70億ドル以上の資金を使ってイギリスの銀行債を買った。
ヨーロッパがアメリカから借りた金が帳消しになったかバンダリップ(Frank A. Vanderlip)は語っている。
ヨーロッパは古い借金を返していたら新しい借金は返せない。
ここで思い出してほしいことはこれらの銀行家は銀行債を他人に売ってお金を儲けていたということ。
銀行が借金を完済するまで銀行家は債権をずっと持っているわけではないのだ。
債務者の債務を許す場合は一般大衆にその債務を肩代わりさせる。現在でもそういうことはたとえばIMFで行なわれている。
新規融資のシステムがつくられ,そのことでヨーロッパの経済システムはひとつの経済システムに統一された。
銀行家はこの統一されたヨーロッパ経済システムの中心的存在になった。
銀行家にとって新規融資をおさえるのが重要である理由,ヨーロッパの政府が借金の利子を支払うことができた理由をバンダリップは明らかにした。
:ヨーロッパ各国の政府はその国の通関の特権を銀行家にあたえた。つまりヨーロッパ各国の政府は銀行家に自国の製品で現物で借金の返済をおこなったというとだ。
金融業者はそれぞれの国がどういう方法で債務を決済する
かを決める。その国のどの産業が資材を仕入れるかを決める。
つまりその国でどの産業が産業を独占するかは銀行家がきめるということだ。
つまりそれが国際金融業者が共産主義や初期ファシズムを好む理由だ。
こういう金融業者がアメリカ議会やアメリカ上院の後ろ盾になったことによって,アメリカ大統領は世界の中で「何でも自分で決める」主導者の地位を得た。
ウィルソン大統領は大統領の提案は下院と上院の承認がなければ法律や命令にはならないという決まりを無視した。なぜか? アメリカ議会が金融業者の目的を無視するわけにはいかないことを大統領は知っていたからだ。
ボラー上院議員に言わせれば,金融業者ウッドロウはまるで自分が「世界の大統領」であるかのようにふるまったのである。
ニューヨークで条約のリークを掘り下げることで,委員会では少なくとも15ヶ国の国が所有している特権を廃止する努力をした。
:政治的公民権を剥奪するアメリカの特権,経済を独裁するヨーロッパの特権など。しかしこういう努力が見を結ぶのがどれだけ困難なことかあなたはわかるだろう。

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アメリカの正体―大恐慌時代〜両大戦時代,FRB,CFR誕生
さわやか易・親分と姐さん編 世界史
kan*u*uuk*u
親分,よろしくお願いいたします。アメリカの新しい金融システムを築くために,ユダヤ系の金融家たちが指名した大統領の話だったですね。
その前にアメリカの大統領がどうやって選出されるかを知らなくてはいけないな。
当時,今から百年前のことだが,既に共和党と民主党の2大政党が競い合う体制が出来ていたんだな。
大抵はどこかの州知事が候補になるんだが,選挙に勝つためには莫大な資金が必要だったし,大々的に宣伝してくれるメディアが鍵を握っていたんだ。
それは今と殆ど変わりはなかった。
成程,やはりメディアですね。
じゃあ,そのメディアを味方につけた方が勝つんですね。
ところが,その大メディアの出資者,オーナーは全てと言っていいほど,ユダヤ系が占めているんだ。
金融家たちのグループなんだよ。
つまりは,金融家たちが指名すればほぼ間違いなく選挙に勝てるという訳だ。
そして,その時,金融家たちが指名したのが,ウッドロー・ウィルソンだった。
東海岸にあるニュージャージー州の知事だった。
確実に当選させるためにある工作をするんだな。
それはな,前期の大統領が共和党のタクトで結構人気もあった。
通常だとそのまま2期目で当選するんだが,共和党を二つに分裂させるんだよ。
じつは共和党のその前の大統領がセオドア・ルーズベルトで国民的人気があったんだ。
その引退していたセオドア・ルーズベルトを担ぎ出して,進歩党として再び立候補させたんだな。
成程,そうすれば,二つに割れた方が負けちゃいますよね。いろんな方法があるんですね。
そういうことだ。国民は知らないから,そのまま選挙に突入して,民主党のウィルソン(Willson,1856〜1924)が当選したんだ。
政治の世界では裏で何が起こっているか解らないものですね。
大統領といっても,そういう支配者たちに操られている役者に過ぎませんね。
結局金融家たちが操っているんでしょ。
金融家たちにはそれぞれの分野にエキスパートがいるんだよ。
お前がヘンリー・キッシンジャーが凄いと言っていたけど,キッシンジャーなみの凄腕は100年前にもいくらでもいたんだな。
例えば,このウィルソン大統領(1856〜1924)の側近として大統領を動かしていたのはバーナード・バルーク(Bernard Baruk,1870〜1965)というユダヤ人なんだ。
大富豪でもあり,チャーチルとも親しく,外交,政界の陰の支配者といっていい程実力があったんだ。
なるほどねー。アメリカを支配しているのがどんな人たちかが少し解ってきました。
今から100年前にはすっかり出来ていたんですね。
ところで,新しい金融組織に大統領が署名すんですよね。何かドラマがあったんですか?
例のジキル島で準備された計画を実行する時が来たんだ。
大統領は計画通り,民主党のウィルソンを当選させた。
時は1913年の12月23日なんだ。この日はクリスマス休暇で大方の上院議員は不在だったんだ。その不在の隙に法案を可決し,大統領の署名までしてしまうんだ。
発案した二人の名前をとって,「オーウェン・グラス法案」というのだが,全くめくらだましのように成立させてしまうんだ。
アメリカにとって,極めて重大な法案ですよね。それが,クリスマス休暇の間に出来ちゃったんですか。
そうなんだ。それが,「連邦準備制度理事会」という名の「FRB」なんだよ。
わざと,あいまいな,名称にしてあるんだ。本当は「アメリカ中央銀行」とするべきなんだが,民間人による銀行だということが目立たないように,取り仕切っていたポール・ウォーバークという金融家が,わざと「中央銀行」の名称を避けたんだそうだ。
ベンジャミン・フランクリンやジャクソン大統領なんかが猛反対していた民間人による中央銀行が出来たということは,アメリカの支配権が一部の金融家たちのものになったということですよね。
モルガン家やロックフェラー家たちのものになったということですよね。ドルの発行権もあるんでしょう。
そうさ。ドルはFRBで発行して,それを政府が借りるという仕組みなんだよ。
17世紀にイギリス政府とユダヤ人金融家たちが作った仕組みと同じなんだ。
しかもだ,「連邦所得法」というのを同時に成立させて,どんな場合も政府が払う利息は国民が税金で確実に返済してくれるようにしてあるのさ。
流石はユダヤ人金融家たちのすることですね。
経済と言えば,身体で言えば血液ですよね。
その国の通貨を発行する所と言えば心臓です。
その心臓をユダヤ人が押さえたということは,その国を支配するということですよ。
ジキル島での綿密な計画があったとはいえ,そんなにも簡単に出来ちゃったんでしょうね。
確かにそうだ。時代の環境として,相次ぐ経済恐慌環境から何とか解決策を見出さなけいけないという切羽詰まった事情があったんだろうな。
経済を押えたユダヤ人金融家たちの次の支配は外交問題を決定する機関をつくることなんだ。
どこの国と手を結ぶとか,戦争をするとか,貿易をどうするとか,そんな重要な問題を詰める機関だな。
それは議会の仕事でしょう。
まあ,実際は議会で決定するんだが,それを導いて行くには,権威のあるシンクタンクが必要なんだ。それは次に話そうじゃないか。
親分,重要なFRBの次に何が出来たんですか?
1910年代とは,世界史的にいっても,激動の時代だったんだな。
1914年にはサラエボ事件が起こり,そのまま第一次世界大戦になっていくし,
1917年にはロシア革命が起こるんだよ。
そんな激動の時代に,冷静沈着にことを進めていたのがユダヤ人金融家たちなんだ。
実は,ロシア革命もユダヤ人たちの関わった革命なんだが,それを話すときりがないから,アメリカの話に絞ろう。
お願いします。
1921年に,今度は「外交問題評議会」というのを作るんだ。略してCFRというんだがな。
これはイギリスにある「王立国際問題研究所」略してRIIAなんだが,世界で起こる重要な外交問題は全てここで決定されるんだ。
CFRはこのRIIAの姉妹機関になる訳なんだが,その後の重要問題はここで論議され,決定されるという機関になるんだ。
これも,政府機関ではなく,ユダヤ人金融家たちが作ったものなんだ。
そんなに権威があるんですか?
あるんだよ。その後の大統領を始め主だった人事はここで決められるし,戦争についてもここで決まるんだ。
作ったのはウィルソン大統領の外交ブレーンだったマンデル・ハウス(1858〜1938)なんだが,彼はロスチャイルド家の代理人みたいな人物だよ。発起人としては例のジェイコム・シフも,バーナード・バルークもモルガンもロックフェラーもいる。全員がユダヤ人じゃないかな。そう考えると,この時代がユダヤ人金融家たちが一番,活躍した時代で,その後のアメリカを決定した時代と言っていいんじゃないか。
ドルの発行権を握った上,外交問題も彼らが支配してしまったら,完全に国を支配したのと同じですね。
その通りだ。このCFRがアメリカのというより,世界の青写真を作っていると考えた方がいいね。
冷戦時代が半世紀続いたのも,CFRの方針なんだ。彼らはアメリカを主体にして考えている訳じゃないんだ。
東西の冷戦状態が長く均衡をとって,継続するように力の配分を行っているんだよ。
ということは,アメリカの国益の為にあるんじゃないということですか?
解り難いかな。いいか,彼らの主体はユダヤ人だろう。ユダヤ人は国を持たない民族だよな。
だから,必ずしもアメリカ国家の国益を損なっても,世界が一つに向かっていくことが重要なんだよ。
だから,冷戦が長く続いたのさ。ソ連に対しては色んな形で支援しているんだ。
いいか,核兵器もだぞ。
核兵器の技術も結構流しているんだよ。
本当ですか。あれだけ,軍拡競争をやりながら,国民の知らないところで,両方の軍拡を進めていたということですか?
国民はたまったもんじゃないですね。とくにソ連側の国民は食うや食わずの窮乏生活を強いられていたんですからね。
まあ,そんなもんよ。
何しろ2000年間,迫害に逢っていた民族が主導権をにぎったんだからな。
ユダヤ人金融家たちにしてみれば,それが人類のためだと信念を持っていることなんだよ。
そして,自分たちはいつまでも権力を持ち続ける方法なんだし,良いとか悪いとかの問題じゃないな。
じゃあ,彼らが戦争を望めば,戦争になるんですよね。ふざけるんじゃないって言いたくなりますね。
必要があれば,戦争も起こすし,なんだってやるよ。世界を一つにしようというのが,彼らの進む道なんだからな。
ちょっと待って下さい。日本人にとって,それはどうなんですかね。よくよく考えなくちゃいけませんね。じゃあ,後はこの次にお願いします。

さわやか易
https://blogs.yahoo.co.jp/kanouyuukou/49760059.html

メモ帳
https://blogs.yahoo.co.jp/dojobzzzz/folder/1602487.html
https://blogs.yahoo.co.jp/dojobzzzz/folder/1602487.html?m=lc&p=10





CHAPTER EIGHT
World War One
apfn.org
http://www.apfn.org/apfn/reserve.htm
ウィルソン大統領自身民主化運動が世界を救うわけではないと考えていたようだ。
ウィルソンは後に
「第一次世界大戦は現実には経済競争だった。」
と書いている。
1917年にウッドロウウィルソン大統領が提示した戦争への呼びかけのなかでウィルソン大統領はロシアの共産主義にこの上ない敬意を表した。
共産主義はロシアという不幸な国で中産階級を滅ぼしたからだ。
「ロシアで同盟がむすばれた。このことで世界の未来の平和は保証された。」
ウィルソン大統領は血に飢えたロシア政権に賛歌をおくったのである。
6600万人の人間を殺した血に飢えたロシア政権らに親愛の情をおくり支援を宣言したのだ。
銀行家たちは血に飢えたロシア政権にお金を融資した。
ウィルソン大統領は共産主義革命に疑いの目がむけられたとき,自分の緊急戦争資金1億ドルをロシアにおくった。
ボルシェビキ政権を救うためだ。
クーンローブカンパニーの文書を読むとクーンローブカンパニーがロシア共産主義の確立に関与していたことがわかる。
あまりに量が多いのでここでは割愛する。
クーン文書にはチャーリズムや共産革命のことが書かれている。
「現アメリカのロシア帝国大使バクメチェフ氏は我々につたえたところによれば,
ボリシェヴィキの勝利してロシアが共産主義国家になった後バクメチェフ氏は我々クーンローブカンパニーに6億ルーブル相当の金を送金してくれるそうだ。
1918年から1922年にかけてだ。」。
一次世界大戦参戦後,ウッドロウウィルソン大統領は彼の資金面での支持者,
ポールウォーバーグ,
バーナードバルーク,
ユージーンマイヤー
の3大投資家を政府組織に起用した。
バーナードバルークは戦争産業委員会の委員長に指名された。
戦争産業委員会はアメリカ国内のすべての企業の命運を決める権利をもっていた。
ユージーンマイヤーは戦争政策金融公庫の公庫長に指名された。
戦争政策金融公庫は戦争にかかわる融資計画を担当した。

local pc








日本人に謝りたい〜あるあるユダヤ長老の懺悔〜
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2012/5/19(土) 午後 11:57
≒歴史について
≒ アメリカ情勢
ルーズベルトを囲繞するブレーントラストがすべてユダヤ人でありその大部分が同時にマルクス主義者であったことは,日本でもよく知られていることである。
大部分はプライベートなブレーンであるが,見逃せないのは,国務,財務,労働の3つの重要な長官がルーズベルトのグループだったということである。
国務長官のコーデル・ハルはユダヤ人ではないが,妻君がクーン・ローブ商会のユダヤ人ヤコブ・シフの親類の出身である。
開戦後交換船で帰国した栗栖大使が語ったように,ハルは圧力のため思うように政策がすすめられなかったのであった。
野村大使ではとてもそんなハルの本音は聞き出せないだろうが,栗栖大使の腕はさすがである。
結局,ハルはがっちりルーズベルトに,いいかえればニューディーラーに組み入れられていたのであった。
■アメリカ国務長官を務めたコーデル・ハル
有名な『ハル・ノート』を日本に突き付けて,日本政府を挑発した。
1945年に「ノーベル平和賞」を受賞。
次の財務長官ヘンリー・モーゲンソーはユダヤ人である。
戦後処理をめぐって対独強硬案を出した如く最もユダヤ的なユダヤ人であった。
このモーゲンソーは,ルーズベルトの史上最大の赤字作りに最も貢献するわけである。
■アメリカ財務長官を務めたヘンリー・モーゲンソー(ユダヤ人)
戦後,「全米ユダヤ人組織連合」の名誉会長を務め,イスラエル援助機関を指導した
もう一人の労働長官はフランシス・パーキンス女史である。
彼女は,労働者に団結権を与え,階級闘争を激化させる要因をつくるのに貢献するのである。
ロシア系ユダヤ人である。
■アメリカ労働長官を務めたフランシス・パーキンス(ユダヤ人)
アメリカ史上初の女性閣僚である
これらの指導者がユダヤ人であるということは別章で述べた如くであり,共産主義を自己解放のための手段,道具として活用しようと考えるのは何ら不思議ではないはずである。
なんの臆面もなく資本主義国アメリカで共産主義化政策を追求していたわけである。
これら3人のほかに,私的ブレーンが数多く存在したことは有名である。
[ルーズベルトを囲繞するユダヤ人共産主義者群]
ルーズベルトの取り巻き連の中で特に顕著なことは,俗流ラジカルといわれるユダヤ人マルクス主義者群である。
その代表格が,ウィーン生まれのフェリックス・フランクフルターである。
彼は1882年ウィーンに生まれ,12歳の時渡米しており,1906年,ハーバード大学で法学士号をとり政界入りし,検事総長特別補佐,陸軍省法律顧問等を経て1920年最高裁判事に任命されるまで,ハーバード大学教授であった。
■フェリックス・フランクフルター
ユダヤ人法学者で,合衆国最高裁判事を務める
一見,自由主義者の如き経歴であるが,実は彼は大学で盛んに革命思想を吹き込んでいたのである。
特に,ユダヤ人学生を卒業後政府内の枢要な地位に推薦することに努力していた。
彼が最高裁判事に任命されるとルーズベルトの許へ多くの国民から抗議が寄せられたのであるが,ルーズベルトはそれらを握りつぶしたのである。
当時,9名の最高裁判事の中の2人までをユダヤ人に占めさせたことは,重大な意義があったのである。
もう一人の最高裁判事ルイス・ブランダイスも,ルーズベルトの私的アドバイザーである。
彼は「全世界シオン賢人会」の会員であった。日本国憲法の事実上の草案作製者で,現在ニューヨークで弁護士をしているケーディスは,これら2人のユダヤ系法曹人の弟子である。
■ルイス・ブランダイス
ユダヤ人として初めて最高裁判事に選任された
バーナード・バルークについては説明の要もないほど有名であるが,兵器産業界の大立物であり,
第一次大戦にアメリカが参戦したのもこのバルークの力が真に大きいのである。
当時は,バルークの許可なしには工場一つ建てられなかったといわれる。
第二次大戦中は,原爆の製造に尽力した。
彼は「米国のディズレイリ(英国のユダヤ人首相)」と呼ばれており,アメリカのユダヤ人では最大の権力者といえよう。
■ユダヤ人大富豪/バーナード・バルーク
歴代のアメリカ大統領の顧問を務め,第二次大戦中は,原爆の製造に尽力した
バルークは,第一次大戦中は,1917年,アメリカの参戦後間もなく軍需工業院総裁になり,全産業無制限的統括権を振るうことになった。
軍需工場のすべてを掌握していたこのバルークは,A・A・ハウスマン銀行の共同経営者になり,
1900年,同銀行と手を切って,ウォール街の株式取引所の有力な地位につき,一方では,自己資金で株式売買や株式市場の不正操縦により暴利を稼いでいた。
ウィルソン時代には,真の大統領はこのバルークではないかといわれたものである。
バルークは第一次大戦の煽動に続いて,なんとかアメリカを対独戦へ引きずり込もうと狂奔したのであって,彼の場合,単にドイツのユダヤ人救出だけでなく,戦争による膨大な金権支配力を得ようとしていたのである。「死の商人」とは,彼のためにつくられた言葉かも。
第一次大戦後,上院の一委員会が大戦の前史的事態について調査し,バルークを喚問した際,彼は上院議員J・ハリスの質問に答えて次の如く公言してはばからなかった。
「最後の決定権は自分にあったので──つまり陸軍と海軍とが所要の軍需品を供給されるか否かは自分次第──鉄道が果たして莫大な輸送に耐えうるか否か,
連合国が所要の機関車を米国で手に入れることができるか,それとも,ロシアかフランスで製造させる以外に手がないか否か──それらはすべて自分次第で決まるのだ」。
同時にまた,「大戦中,自分以上の権限をもった奴がいたかどうか聞くのは愚である」とも。
彼は1938年,南米からの帰途,ドイツはアメリカ侵略を目論んでいる,ドイツ軍のアメリカ侵略は近いとして,対独戦参加の伏線をしいていた。
レックス・ジー・ダグウェルはコロンビア大学教授であり,マルクス主義経済学者として知られ,ソ連とも近い人物であった。
レーモンド・モーレーはコロンビア大学教授であり,ブレーントラストの表面的首魁である。
1933年5月2日,
下院議員ハミルトン・フィッシュはルーズベルトのブレーントラスト群の中のレーモンド・モーレー,ダグウェル,モルデカイ・エゼキル,ウィリアム・ブリットの相互連絡について発表している。
ダグウェルは,社会主義者スチュアート・チェーズと共産主義者ロバート・ダンと協力して『第2回10年計画下のソ連』を出版したことがあり,
これら3人の学者は密接な関係を保っていたのである。
ダグウェルの親友である社会主義者のスチュアート・チェーズは『ニュー・ディール』の著者であり,アメリカのソ連化を企図していたのであった。
スチュアート・チェーズ(ユダヤ人)
『ニュー・ディール』の著者
ダグウェルは,かつて社会主義者の仲間として訓練されたことがあり,コロンビア大学経済学教授として,また社会党の機関誌「新共和」の寄稿家として活躍していたのである。
彼は共産主義化の方向へ進めることに全力をあげており,米国民もロシア人も両者間に性格の相違点は見出せず,したがって米国でもロシア同様の革命が可能であるという意見をもっていた。
これすなわちユダヤ革命のことであり,共産主義云々というのは所詮建前論であり,カモフラージュにすぎない。
次の問題人物はレーモンド・モーレーである。
コロンビア大学に講座をもっており,常にルーズベルトの腰巾着であった。
1933年5月8日号の『TIME』の
表紙を飾ったユダヤ人学者,レーモンド・モーレー教授
農務長官顧問モルデカイ・エゼキルは,ダグウェルの影武者として農業問題についてはユダヤの計画の代表者であり,米国の農業計画はユダヤの利益のために進められていたのである。
戦後日本で農地改革をしたラデジンスキーはポーランド系ユダヤ人であり,彼の弟子で,当時農務省にいたのであった。
国務長官補佐となったウィリアム・ブリットについては別に述べるが,彼はまたレーモンド・モーレーの親友であり共産主義者リンカン・ステフェンズの親友でもあり,長らくソ連にありレーニン,チチェリン,リトヴィノフと交渉していた。
■初代駐ソ大使/ウィリアム・ブリット(ユダヤ人)
ブリットは1933年初代駐ソ大使になっているが,彼の腰巾着が共産党員のリンカン・ステフェンズである。
彼は1917年のロシア革命の時代にはトロツキーと共にロシアに渡り革命のため画策するところあり,
莫大な資金がアメリカ政府から出ていた。
アメリカが「ソ連の助産婦」ともいわれるゆえんである。
『日本人に謝りたい』モルデカイ・モーゼ著
(日新報道/1979年出版)より抜粋しました。(続)
*画像が全てコピーや保存が出来ない形式の為お見せできないのが残念です。
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ダイヤモンドダスト&♡ ときめく人達♡
https://blogs.yahoo.co.jp/wood72046/34124287.html


       




19000000 バルークは一方で自己資金で株式売買や株式市場の不正操縦により暴利を稼ぐ
19000000 バルークは同銀行と手を切ってウォール街の株式取引所の有力な地位につく
19100000 1910年当時,既に共和党と民主党の2大政党が競い合う体制が出来ていた
19100000 1910年当時,米国では金融家たちが指名すればほぼ間違いなく選挙に勝てる体制
19100000 1910年当時,米国の大メディアの出資者,オーナーは全てと言っていいほどユダヤ系
19100000 1910年当時,民主党のウッドロー・ウィルソンは米国ニュージャージー州の知事
19131223 1913年12月23日,民主党のウッドロー・ウィルソン米国大統領当選
19131223 ウィルソン大統領(1856〜1924)
19131223 ウィルソン大統領の側近として大統領を動かしていたバーナード・バルーク
19131223 オーウェン・グラス法案可決>>連邦準備制度理事会(FRB)誕生
19131223 オーウェン・グラス法案成立: 1913年12月23日,この日はクリスマス休暇で大方の上院議員は不在
19131223 オーウェン・グラス法案成立: 上院議の不在の隙に法案を可決>>大統領の署名までしてしまう
19131223 バーナード・バルーク: ユダヤ人,大富豪,チャーチルとも親しく,外交政界の陰の支配者
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生,民間人による中央銀行誕生
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生>>FRBでドルを発行してそれを政府が借りるという仕組が成立
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生>>モルガン家やロックフェラー家たちのものになった
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生>>米国の支配権が一部の金融家たちのものになった
19131223 連邦所得法成立: 政府が払う利息はどんな場合も国民が税金で確実に返済
19140000 1914年サラエボ事件>>第一次世界大戦
19170000 1917年ロシア革命,
19170000 ロシア革命: 莫大な資金が米国政府から出ていた>>米国が「ソ連の助産婦」といわれる
19170000 ロシア革命: 米国初代駐ソ大使/ウィリアム・ブリットの腰巾着が共産党員リンカン・ステフェンズ
19170000 ロシア革命: 米国初代駐ソ大使/ウィリアム・ブリットはトロツキーと共にロシアに渡り革命のため画策
19170000 激動の時代,冷静沈着にことを進めていたのがユダヤ人金融家たち
19170000 第一次世界大戦: バルークはA・A・ハウスマン銀行の共同経営者に
19170000 第一次世界大戦: バルークは全産業無制限的統括権を振るう
19170000 第一次世界大戦: バルークは第一次大戦の煽動
19170000 第一次世界大戦: バルークは第一次大戦中,米国の参戦後間もなく軍需工業院総裁に
19170000 第一次世界大戦: バルークは単にドイツのユダヤ人救出だけでなく,戦争による膨大な金権支配力を得ようとしていた
19170000 第一次世界大戦: バルークは米軍需工場のすべてを掌握
19170000 第一次世界大戦: バルークは米国を対独戦へ引きずり込もうと狂奔 
19190000 第一次世界大戦: 大戦後,上院が大戦の前史的事態調査>>バルーク喚問
19190000 第一次世界大戦前史調査: 最後の決定権は自分にあった バルーク
19190000 第一次世界大戦前史調査: 大戦中,自分以上の権限をもった奴がいたかどうか聞くのは愚である バルーク
19190000 第一次世界大戦前史調査: 鉄道が果たして莫大な輸送に耐えうるか否か,すべて自分次第で決まる バルーク
19190000 第一次世界大戦前史調査: 陸軍と海軍とが所要の軍需品を供給されるか否かは自分次第 バルーク
19210000 外交問題評議会(CFR): 1921年「外交問題評議会(CFR)」成立,
19210000 外交問題評議会(CFR): CFRはこのRIIAの姉妹機関
19210000 外交問題評議会(CFR): このCFRが世界の青写真を作った
19210000 外交問題評議会(CFR): その後の大統領を始め主だった人事はここで決まった
19210000 外交問題評議会(CFR): 作ったのはWillson大統領の外交ブレーンだったマンデル・ハウス
19210000 外交問題評議会(CFR): 戦争についてもここで決まった
19210000 外交問題評議会(CFR): 冷戦時代,米ソ両方の軍拡を進めた
19210000 外交問題評議会(CFR): 冷戦時代が半世紀続いたのもCFRの方針
19380000 第二次世界大戦: バルークは独軍の米侵略は近いとして対独戦参加の伏線をしいた。

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19000000 1880年〜1900年の20年で米国人口は約5000万人から約7600万人に増加した ヒルファディング
19000001 米国人口の急増の反面,小麦の耕作面積の増加は20年で3.4万エーカー>4.2万エーカーと微増 ヒルファディング
19010000 欧米諸国で出生率減少
19010000 米国の小麦輸出量はロシアの生産量の約33% JM Rubinow
19020000 1902年,米国内の小麦消費量がはじめて5億ブシェルをこえる,米国内需要の急増
19020001 1883年,米国内の小麦消費量がはじめて3億ブシェルをこえる
19020001 1889年,米国内の小麦消費量がはじめて4億ブシェルをこえる
19020200 第14太陽周期,1902年2月〜1913年8月,周期期間11.5年,
19020200 第14太陽周期,活動極大(黒点相対数の最大値)64.2(1906年2月),活動極小 (黒点相対数の最小値)1.5,
19020200 第14太陽周期,無黒点日数1019
19040000 1904年の米国内の鉄道の敷設距離は21万2349マイルで英国の2倍以上 Poors Railway Mnual
19040000 米国の小麦輸出量はロシアの生産量の約104%(1901年は33%) JM Rubinow
19100000 1910年当時,既に共和党と民主党の2大政党が競い合う体制が出来ていた
19100000 1910年当時,米国では金融家たちが指名すればほぼ間違いなく選挙に勝てる体制
19100000 1910年当時,米国の大メディアの出資者,オーナーは全てと言っていいほどユダヤ系
19100000 1910年当時,民主党のウッドロー・ウィルソンは米国ニュージャージー州の知事
19121000 第1次バルカン戦争(1912年10月-1913年5月)
19130000 FRB(連邦準備制度理事会)設立 アメリカの中央銀行に相当
19130600 第2次バルカン戦争(1913年6月-1913年8月)
19130800 第15太陽周期,1913年8月〜1923年8月,周期期間10.0年,
19130800 第15太陽周期,活動極大(黒点相対数の最大値)105.4(1917年8月),活動極小 (黒点相対数の最小値)5.6,
19130800 第15太陽周期,無黒点日数534
19131223 1913年12月23日,民主党のウッドロー・ウィルソン米国大統領当選
19131223 ウィルソン大統領(1856〜1924)
19131223 ウィルソン大統領の側近として大統領を動かしていたバーナード・バルーク
19131223 オーウェン・グラス法案可決>>連邦準備制度理事会(FRB)誕生
19131223 オーウェン・グラス法案成立: 1913年12月23日,この日はクリスマス休暇で大方の上院議員は不在
19131223 オーウェン・グラス法案成立: 上院議の不在の隙に法案を可決>>大統領の署名までしてしまう
19131223 バーナード・バルーク: ユダヤ人,大富豪,チャーチルとも親しく,外交政界の陰の支配者
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生,民間人による中央銀行誕生
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生>>FRBでドルを発行してそれを政府が借りるという仕組が成立
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生>>モルガン家やロックフェラー家たちのものになった
19131223 連邦準備制度理事会(FRB)誕生>>米国の支配権が一部の金融家たちのものになった
19131223 連邦所得法成立: 政府が払う利息はどんな場合も国民が税金で確実に返済
19140000 1914年サラエボ事件>>第一次世界大戦
19140000 1914年第一次世界大戦勃発,
19140000 第一次欧州大戦(第一次世界大戦),eraser1eraser
19140728 1914年第一次世界大戦勃発,
19140728 第1次世界大戦(1914年7月28日-1918年11月11日)
19140728 連合国(第1次大戦)英,仏,露(-1917年)
19140815 パナマ運河(1914年8月15日-)アメリカ大陸東海岸と西海岸を海運
19150523 日,伊参戦(1915年5月23日- )
19160000 シカゴリヴァーバンク遺伝子研究所遺伝子情報解読部,暗号部として独立,
19160000 リヴァーバンク遺伝子研究所遺伝子情報解読部,NSAの源流,
19170000 1917年ロシア革命,
19170000 激動の時代,冷静沈着にことを進めていたのがユダヤ人金融家たち
19170406 米参戦(1917年4月6日-)中央同盟国:独,墺,土など参戦
19180000 第一次世界大戦,1918年に入るとトルコ,オーストリアなどが降伏,
19180500 1918年5月,ポールウォーバーグは裁判で反逆罪に問われた,
19181111 1918年11月11日,第一次世界大戦終戦,
19181212 1918年12月12日,第一次世界大戦休戦協定,
19190000 1919年:ヴェルサイユ条約
19190118 パリ講和会議(1919年1月18日-)
19200000 1920年:国際連盟創設
19200000 1920年代にアラスカでHAARP第一号が設置,
19200000 米ユダヤ人社会,ヤコブ・シフ,トロツキーらを通じ1200万ドル援助,
19200000 米ユダヤ人社会,ロシアのユダヤ人革命家たちに多額の援助,
19210000 1921年:原敬首相暗殺
19210000 外交問題評議会(CFR): 1921年「外交問題評議会(CFR)」成立,
19210000 外交問題評議会(CFR): CFRはこのRIIAの姉妹機関
19210000 外交問題評議会(CFR): このCFRが世界の青写真を作った
19210000 外交問題評議会(CFR): その後の大統領を始め主だった人事はここで決まった
19210000 外交問題評議会(CFR): 作ったのはWillson大統領の外交ブレーンだったマンデル・ハウス
19210000 外交問題評議会(CFR): 戦争についてもここで決まった
19210000 外交問題評議会(CFR): 冷戦時代,米ソ両方の軍拡を進めた
19210000 外交問題評議会(CFR): 冷戦時代が半世紀続いたのもCFRの方針
19230000 雑誌TIME創刊,
19230800 第16太陽周期,1923年8月〜1933年9月,周期期間10.1年,
19230800 第16太陽周期,活動極大(黒点相対数の最大値)78.1(1928年4月),活動極小 (黒点相対数の最小値)3.5,
19230800 第16太陽周期,無黒点日数568
19240000 世界初の投資信託=マサチューセッツ・インベスターズ・トラストが設定
19270000 1927年:金融恐慌
19270000 初めてイギリス企業に対してADRを認可
19290000 1929年,大恐慌時代
19291024 10月24日の米国株価の暴落から世界的な大恐慌へと発展,
19291024 1929年10月24日の「暗黒の木曜日」(Black Thursday) >>大恐慌時代
19300000 世界大恐慌→ニューディール政策→第二次世界大戦
19330000 1933年,ナチス・ドイツの成立,
19330000 アメリカヘのユダヤ移民の第4波,
19330309 ニューディール政策発表,
19330900 第17太陽周期,1933年9月〜1944年2月,周期期間10.4年,
19330900 第17太陽周期,活動極大(黒点相対数の最大値)119.2(1937年4月),活動極小 (黒点相対数の最小値)7.7,
19330900 第17太陽周期,無黒点日数269
19350000 アメリカはたいてい「景気の悪い時」に戦争をしてきた
19350000 ハルノート,ABCD包囲網による日本追込,ボロ戦艦を真珠湾に並べ日本を罠にはめ開戦へ k氏
19350000 ルーズベルトの最終的な経済解決は戦争需要によってであったと言います
19350000 ルーズベルトはニューディール政策によって経済を回復させた
19390901 午前5時,ナチスドイツ軍ポーランドに侵入,第二次世界大戦勃発,
19390901 第二次欧州大戦(第二次世界大戦),eraser1eraser
19400000 Gallup社の1940年の調査によると,米国民の83%が米国の参戦に反対していた
19411000 ルーズベルト大統領は暗号解読により日本の真珠湾攻撃を知っていた,
19411120 20日から12月7日,真珠湾へと向かう部隊に山本五十六は通信文を送った,
19411128 オランダの潜水艦K - 17,真珠湾に向かう日本の艦隊を傍受,英に警告,
19411206 George Marshall,海軍長官Frank Knox,Roosevelt大統領はホワイトハウスにいた
19411206 昭和16(1941)年12月6日,真珠湾奇襲,太平洋戦争勃発,
19411206 米情報部は日本の航空機がハワイの400マイル沖にあるとRoosevelt大統領に警告
19411207 1941年12月7日,日本は真珠湾を奇襲
19411207 奇襲の翌日の1941年12月7日,Roosevelt大統領は米国民に向け演説
19411207 真珠湾奇襲,1941年12月7日(訳者註:日本では8日),
19411207 真珠湾奇襲で,1,200人の米国人がが負傷し,2,400人の米国人が亡くなった
19411207 父がやった事は国益のためじゃなかった Rooseveltの義理の息子Curtis Dall
19420000 1942年:ミッドウェー海戦 ,「欲しがりません勝つまでは」
19440200 第18太陽周期,1944年2月〜1954年4月,周期期間10.2年,
19440200 第18太陽周期,活動極大(黒点相対数の最大値)151.8(1947年5月),活動極小 (黒点相対数の最小値)3.4,
19440200 第18太陽周期,無黒点日数446
19450000 ルーズベルト大統領死亡(1945年秋) ,
19450310 昭和20年3月10日,東京大空襲,
19450310 日本の主要都市空爆を指揮/実行したのは,空軍戦略指揮官Curtis LeMayであった
19450310 米空軍は1945年3月10日から8月15日にかけ,日本の主要63都市を空爆し100万人の市民を殺害した
19450801 1945年:終戦
19450801 第二次世界大戦終 同時に米ソ冷戦時代の幕開け,
19451200 [WW2] 第二次世界大戦における死亡者:イギリス(人口の0.94%)
19451200 [WW2] 第二次世界大戦における死亡者:フランス(人口の1.35%)
19451200 [WW2] 第二次世界大戦における死亡者:中国(人口の1.89%)
19451200 [WW2] 第二次世界大戦における死亡者:米国(人口の0.32%)

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2019年11月09日

タモリ・たけし: 陳腐化がすすむテレビ文化,玄人芸と素人芸(1984)

タモリ・たけし: 陳腐化がすすむテレビ文化,玄人芸と素人芸(1984)
1984年の娯楽
1984年,インタビューでタモリは,
「戦後時代・黎明期のテレビは,家族がテレビの前で正座して,お父さんがテレビの扉をあけて,じゃあ観るぞって。そういうものだったでしょ。でも今のテレビって,床に寝転んで鼻クソほじりながら観るようなもんでしょ。
古典芸能の人たちって,そういう今の1980年代の観衆を理解できているのかなって思う。使い捨ての消費物。そこが理解できていないと。」
「陳腐化がすすむテレビ文化の中で,玄人芸のニーズは少ない,大衆娯楽の性質がもっと安価になっている。」
と語る。
「作り上げた芸」よりも「偶然性」,「思い付き」が大きなヒットを作る時代。そんな印象がある。
1984年の時点でテレビ受信機の性能はさらにたかまり携帯性まで備えるようになったと言っている。
社会学者宮川氏のメディア論ではこの時期(1980年代中期)はいわば
お茶の間テレビ文化>>>個室テレビ文化
への移行がおきた時代で,その背景には韓国・台湾製の安価なテレビが大量に市場に流れた結果,一人一人がテレビを持つようになって,この時点で世代間をつなぐ「お茶の間テレビ文化」が終わったといわれている。
そして1980年代半ばにはじまった「個室テレビ文化」は,インターネット・携帯電話がつくる「路上文化」がはじまる1990年代半ばまでつづく。
「個室テレビ文化」時代には,時代のテーマ・文化は各世代ごとに分化していく。
1960年代のテレビの民有化(一世帯一台時代)のはじまった時代から通してみると,
技術の進化>>>ガジェットの進化・低価格化がすすむ>>>共有化がすすむ>>>文化の分化・陳腐化がすすむ
という流れが一貫してすすんでいるようにかんじる。
それにしても
「20年後(2004年)には俺もタモリさんもテレビ業界にはいない」
とみるたけしの見方はシビアだ。。
演者・観者が構成する娯楽の場がどういう方向に向かっていったか。それをマクロ的にみるのは面白い。演者・観者,明確に立場が分かれた二者。演者の発想。観者の興味。観者の心を汲む演者。そういう場がどこへ向かっていったか。
構築性・構造性>>直感性・刹那性・開放感
というマクロなベクトルはあったのだろう。
ヒエラルキーの確立>>崩壊
あるいは
位置エネルギー>>運動エネルギーへの開放
エントロピー増大
と言ってしまえば身も蓋もないが
悲観的な見方だが。ガジェット・コンテンツ共にその進む方向は陳腐化・分化だという事になる。

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posted by datasea at 21:49| Comment(0) | # アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする